【 第2話 】
「いつまで寝てるわけ」
ベットから落とされてわたしは呆然と言葉の主を見上げた。
幾分かぼんやりする頭をもたげる(それはベットから落ちた衝撃なのか、寝惚けているのか分からなかったけど)
雲雀恭弥の朝は早いらしい。
黒のパジャマに身を包んだ恭弥は「くぁ」と小さな欠伸を漏らす。
「お、おはようございます」
「はい、よく言えたね。早く立ちなよ、いつまでそうしてる気?」
それとも何?咬み殺されないと分からない?
と恭弥はわたしをSっ気全開の視線で見下ろした。
朝も早から咬み殺されたくない、わたしはいそいそと立ち上がる。
「それにしても環境が変わってもよくあんなに爆睡できるよね」
その神経が信じられないとばかりに恭弥は肩をすくめる。
「どういう意味ですか、それはわたしが図太いということですか」
「そうも言ってるけど、正しくは遠慮がないって言ってるんだよ」
来いって言ったのはあんただろうがァァアァァ!って言ってやりたかったけど、それは留めた。
朝も早から喧嘩して、恭弥の機嫌を損ねたくは無い。
そもそも自分が一方的にやられるだけの喧嘩だ、避けて当然。
確かに、遠慮なく爆睡したのは間違いないのだから。
シィンと静まり返る恭弥の家。
広く大きいのは前に来た時に知った。
だがその時も、また今も、この家には家族の気配はない。
「朝御飯、どうするの?」
恭弥の顔を覗き込むように尋ねる。
「食べるに決まってるよ」
さらりと答える恭弥に「え」とわたしは声を漏らす。
だったら誰が作るというのか?
わたしは橙色のパジャマ姿のまま客間から出た。
そこにはすでに、朝ごはん独特のにおいが充満していた。
ご飯の炊けるにおい、味噌汁のにおい、とにかく温かいそれが用意されているのが容易に想像できた。
「…できてるの?」
「できてるよ」
しれっと恭弥は当然のごとく答えた。
「誰が作ったの?」
彼はその問いに答えなかった。
リビングに入ると予想した通りのものが食卓に並んでいる。
やはり2つ分。
ほかの家族の分の気配はない。
(聞くべきか、聞かないべきか、)
もし気まずい理由だったらどうしよう、
恭弥は性格も歪んでるし、もしかしたらのっぴきならない理由があるのかもしれない。
「君、失礼なこと考えてるでしょ」
ぎろりとにらまれるように覗き込まれる。
「明日から君が作ってよね」
「え!!??」
予想外の言葉がわたしの疑問を払拭した。
朝起きるのは得意なほうではない。
むしろ苦手といったほうが納得を得れるだろう。
料理は苦手ではないが、朝の早起きはつらい。
普段見ての通りだが、恭弥は食に関してはうるさい。
(ただ、食べるということに関しては無頓着なんだけどね)
「キッチン、好きに使っていいから」
さらりと言いつつ、恭弥は椅子に座る。
わたしもそれに倣うように腰掛けた。
真新しい食器、恐らくはそう使われていない。
「…買い物も君が行ってよね」
「…あ、はい…」
何だかメイドの気分になってきた。
「いただきます、」
恭弥は律儀に手を合わす。
その様子を眺めていると、またあの鋭利な目を細められて、
「何してるの?早く食べなよ」
「…あ、はい、いただきます」
同じように律儀に手を合わせて、ぺこりと頭を垂れた。
箸を持って、味噌汁の器に手を掛ける。
ず、と一口含んだところで視線に気付いた。
「…なに?」
恭弥がじ、とわたしの方を見ている。
「…何?じゃないよ、言うことはないわけ?」
「…え」
何だというのだろうか。
わたしの頭が物分りが悪いだけなのか、恭弥が言葉足らずなのか、
とにかく理解できずにきょとりと首を傾げる。
「もういいよ」
あきれた、という風に恭弥は溜息をつく。
そしてまた、同じように姿勢を正して食事を続けた。
(えええ)
完全に機嫌を損ねた、わたしは直感した。
だが、食事をやめるわけにもいかず、かける言葉も見つからず、
わたしはただ食事に専念することに決めた。
ぱくり、ぱくりと口に運んでいく、
「…おいしい」
そう自然に口から漏れた。
確かにどの料理も、完璧な味付けだった。
思わず出た言葉に自分でも驚いて、手で口を覆った。
慌てて恭弥へ視線をやる。
「…そう、」
意外にも彼は、目を細めて小さく笑った。
余計な一言かと思われた言葉が、恭弥を笑顔にした。
(え、)
もしかして、もしかするのか、もしかして?
求められていた“言う事”はこれだったのか?
「きょ「早くしてよ、」
言葉を発そうとして、我に帰る。
恭弥の皿はどれも空、すでに彼は食事を終えている。
(早っ!)
わたしは思っていた言葉を飲み込んで、いそいそと残りを口に運ぶ。
「…早くしないとおいてくから、」
幾分機嫌の良さそうな声音に多少頬が緩んだが、
そんな事お構いなしな彼は踵を返すと部屋へと戻った。
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恭弥さんって謎ですよね。