『置いていくから』
という言葉は伊達じゃない。
本気で置いていかれた。
律儀にも家の鍵は机の上に置いてある。
恭弥はすでに家を出て、学校に向かったらしい。
彼のものらしきバイクのエンジン音が遠ざかっていったから。
前回にも言ったとおり、校門に立つ恭弥たち風紀委員の朝は早い。
それに合わせてちゃんと起きたのだが、準備に手間取っていたらすでに始業ベルがなる20分前。
「本当においていくことないじゃないか…!」
わたしは鍵を手に急いで恭弥の家を出た。
(ここどこだよ…!)
恭弥の家は数回しか行ったことが無い上に、学校からの道のりは複雑すぎて覚え切れていない。
あああ、どうしよう。
とにかく急がなければ。
遅刻したなんて知れたら大変だ。
(いや、遅刻したら確実にバレるんだけど)
「…急がなきゃ…!!!」
わたしは薄い記憶を頼りに走り出した。
誰か一人、並中生を見つけられたら助かるのに、
こんなときに限って誰も居ない…!
(あああ時間が、)
わたしの(速くも遅くも無い)足じゃ、もしかしたら間に合わないかもしれない!
ぜえはあと息を切らしながら、とにかく学校の(っぽい感じのする)方へ走った。
「あ!!」
目の前に並中生を発見!
(良かったー!方向あってた!)
どうやらその人も遅刻寸前で走って学校に向かっている様子だ。
しかし、
(走るの遅ッ!)
わたしの方が足が速い。
彼(目の前の制服は男子だ、)の足では到底間に合いそうもない。
「…ぜったい間に合わないよ!!」
「…そうですね」
息を切らせて、その男子は叫んだ。
その叫びに便乗させてもらった。
男子はびくりとこちらを向いた。
「な、何ですか!?」
「いや、同じ穴の狢だよ」
そんなにビクビクしなくても良いじゃないか?
わたしと幾分背の違う彼は息を切らしながらも必死にわたしについてきた。
「…大丈夫かね?」
「…だ、だいじょうぶです…」
いや、明らかに大丈夫じゃないだろ!?
足元がふらふらしている、もう限界なんじゃないか!?
ここはもう諦めて恭弥のお叱りを受けるしかないか、とわたしが覚悟を決めたとき。
「マフィアは時間にも厳しくなくちゃな、」
バーン!という銃声がとどろいて、男子が撃たれた!
(えええええ)
わたしが思わず足を止める。
彼はばたりと倒れて動かない。
「ちょ、大丈夫!?」
声をかけたその時。
「リ・ボーン!死ぬ気で学校に間に合う!」
抜け殻のように制服を破ると、パンツ一丁になった男子がきっとわたしを見た。
(ええええ何!?)
あまりの出来事に動けないでいると、彼は何とわたしを担いで、
「学校に間に合ううううううう!!」
そのまま一目散に走り出した。
(ぎゃあああ!)
わたしの口からは声にならない声が漏れる。
そして気づいたときには学校の校門に居た。
一瞬のことだ。
「…何してるの、」
あまりの出来事に(これ二回目)呆然と立ち尽くしていると、恭弥の声がうしろからかかった。
「…沢田綱吉?」
その男子は学校まで駆け抜けていった。砂埃が舞っている。
それを見て、恭弥が呟く。
わたしはというと、校門のところで彼に放り出されて唖然としている。
そのわたしの腕をとって、恭弥は応接室へと向かった。
「随分と遅かったね?」
「…うん、」
応接室にて、放心状態のままのわたしを怪訝に思ったのか、
恭弥は眉をひそめると、わたしの顔を覗き込む。
「…?君は僕とは登校できないのに、あの草食動物とは一緒に登校するんだ?」
ひどく不機嫌そうな声と、表情だ。
(違う、)
彼と登校(いや、だから違うんだってば)する羽目になったのは偶然と不可抗力だ。
「ちょっと、」
「違うの!えっと、遅刻しそうになって、一生懸命走ってたら前に彼がいて、それから」
「それから?」
「銃声がして、気がついたらあのような状況に」
大真面目に答えたわたしであったが、結局恭弥から手痛い一撃を食らう。
どうやら彼が求めていた答えとは違ったようだ。
「った…」
腫れるか腫れないか、その微妙な力加減で平手打ちを一発。
力加減は完璧、でも恐ろしく痛いのは変わらない。
立っていられず、思わず膝を折った。
「目、覚めた?」
恭弥が悪びれる様もなく、わたしの頭を両手で包み込むように鷲掴む。
上を向かせるまでもなく、彼はわたしの視線の位置までしゃがむ。
鼻の頭が触れるか、触れないかの距離。
恭弥の息がかかるのが分かる。
間近に見つめられ、わたしは若干ながら狼狽した。
「…君の脳は働いてる?まだ眠ってるんじゃない?この耳は飾りなわけ?」
「…きょ、や…」
ひりひりとする頬と、ぐぐぐっと押さえつけられる頭。
あの鋭い釣り上がった眸が真っ直ぐにわたしを射る。
どちらにしても恭弥の存在を感じるには十分で。
だがしかし、わたしの思考回路をフリーズさせるにも十分で。
「…どうして君はそうやって他の男に触らせるわけ?」
「…ぇ、」
「そういうの凄く気に食わない」
聞いてる?と頭をゆさゆさと揺さぶられた。
不機嫌そうに寄せられた眉、への字に曲げられた口元。
(もしやこれは嫉妬というものなのだろうか)
そこまで考え至って、わたしは自然とにやける頬を抑えられなかった。
「ちょっと、、すごく気持ち悪いんだけど」
にやけるわたしの頬をぎゅーっと挟むように押さえつけて(痛い)、恭弥は立ち上がった。
「もう怒る気も失せたよ。このお仕置きは今夜ちゃんとするから」
覚えといて、というと軽く笑う。
そしてまだ座り込んでいるわたしに一瞥をくれると、踵を返す。
「それじゃ僕は見回りに行くから。君も早くしないと一時間目に遅れるよ」
がらがらパタン。
閉められるドアの音を聞いてわたしは我に返った。
「お仕置きって何ィィイィイ!?」
遠ざかる彼の足音を聞きながら、わたしはただ、頭を抱えるのでした。
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何かすみません。
雲雀さん夢っていうか、何か綱吉くんが出張っちゃって…。
友達が頭鷲掴みにされたいって言ったので、ここで応用させてもらいました☆