【弓張り月とラベンダーの香り】








わたしがいつも見てるのは小さな隊長さん。


「まァた見てるん?」


後ろから囁かれ、わたしは飛び上がった。

こうしていつも邪魔される。


「た、隊長!!!」

「アカンなァ、仕事中に余所見は」


くすくすといつものように笑みを浮かべた市丸隊長が後ろに立っていた。

わたし、の直属の上官でもある。


「仕事中って…あ!!」

「…何?」

「えーっと、これ、明後日締め切りの書類です」


ついでに、と言いつつ市丸隊長へ書類を差し出す。


「えー、ついでー?やったら執務室もってきてや」

「…」

「…あー、でもこれ十番隊さんとこのやわ。持ってってくれへん?」


「ハイ喜んで!!!!」


「…ほんま傷付くで、いい加減…」


苦笑だろうか、する市丸隊長を尻目にわたしは書類を半ば奪うように取ると

スキップで十番隊舎に向かった。


いざとなると緊張する。


ヒッ番谷はお見えでしょうか!三番隊のです!」

「…入れ」

「…失礼します」


そろそろと戸を開けると、憧れの小さな隊長さんが大きな机に向かって筆を走らせていた。


「何、笑ってんだ」

「いえ、隊長さんしてるなーって」

「…うるせぇ。大体お前こそなんだ、ヒッ番谷隊長って。声裏返ってんじゃねぇか」

「…あれは緊張してですね!」

「何で緊張すんだ、俺とお前の仲だろーが」


何気なく彼は笑うけど。

わたしの心はそんなに穏やかじゃない。


「じ、じゃ、これ…」

「おう、ご苦労だったな…」


渡した書類に日番谷隊長はさらりと目を通す。


「確かに受け取った…どうだ、三番隊は」

「楽しいですよ、市丸隊長も吉良副隊長も優しく接してくださいますし…」

「そうか…」


満足そうに笑いながら、日番谷隊長は書類から顔を上げない。

その様子を見つつ、わたしは諦めたように口を開いた。


「それでは失礼しますね」

「おう、市丸によろしくな」


戸をそろそろと閉め、溜息を一つ。

わたしはいつも隊長を見ていて、隊長が大好きで、それは憧れに近いけど、近づきたくて。

だけど彼とわたしの視線がぶつかることは無い。

あの真っ直ぐな視線がわたしに向くことは、きっと一生無い。


「お疲れさん、

「あ、市丸隊長」

「そういえばもうすぐバレンタインデーやねぇ…」

「現世のですか?よくご存知ですね」


笑いながらわたしは心の中で自問する。

わたしは一体、何を期待しているのだろう、と。

きっと彼の翡翠の双眸がわたしを見ることなんて一生無くて、だけどまだ、どこかで。


「作りよるん?は」

「…え…?えぇ、まぁ」

「止めた方がえぇんちゃう?十番隊長さんには…五番副隊長さんがおるって」

「そんなの」


知ってますよ、とは言い切れなかった。

自分がとても痛い子のようで、かわいそうで、自分自身が、とても。


「これだけが観てるのに、気付かへん十番隊長さんも十番隊長さんやな」


何で。


何でこの人は。


「市丸隊長、そんな事言っててもチョコあげませんよ」

ガーン!!!なんでなん!?ってか、別に欲しないし!!」


ガーンって言ったよ、市丸隊長が。


「…だったら、良いんです」


わざと大袈裟におどけてくれる市丸隊長に少し笑えた。

俯いて、笑みを零す。

その時、小さな雫が落ちたけどそれが何なのかわたしは知らない。




失恋の悲しさなのか、優しさからの哀しさなのか。




「十番隊長さんは止めときぃて、な?」


そうやって隊長はわたしの傷を減らしてくれていたのね。

日番谷隊長を見る回数が減ったのは、きっと。

目を逸らしたかったからじゃなくて。


ポン、と頭に重力。


「…ボクは君のそんなとこ、良ぇと思ってるよ?」


撫でて、わたしの顔を覗き込んで「な?」って笑ってくれる。


その笑顔が目に染みた。


「…なに、泣いてるん、ボク何かした!?」

「…市丸隊長の笑顔が…目に染みて

「そないに痛かった!!!???」


ガーン、とまたも大袈裟にショックを受ける市丸隊長。

何だか本当に。


「愛しさ余ってですよ」


くすりと、苦笑にも似た笑いが零れた。


「…今、何て?」

「ですから、………い、」


ちょっと待て!!!!

そう、今何言った!!??

                                「愛しさ余ってですよ」


いとしさあまってですよ。



  イ  ト  シ  サ  ア  マ  ッ  テ  デ  ス  ヨ  !  ?



ちょ、ちょっと待って!


「待ってください!」

「いや、待つんは良ぇけどね」

「…てか、なしにしてください!!」



「それは嫌♪」



「何で――――!!??」


頭に置かれていた手がどけられる。

少し寒いな、名残惜しいなって思っててしまった自分が信じられない。

それでもちょっと待って欲しい。

わたしが好きなのは。


「市丸隊長?」


何も言わず、ただにこにこと笑い続ける市丸隊長に問いかける。


「…んー?なーに、

「…気付いてらしたんですか」


恨めしそうにわたしは見上げる。


気付いてたんですか。


わたしが日番谷隊長を見ている時間が減った原因。


市丸隊長。


「…何にー?」


口の端だけ上げて笑う。


「…ズルいですね」


白のような薄いラベンダーの色をした髪が揺れる。


「…何が?」


ふわりと、市丸隊長のにおいがした。


「そうやって、わたしの前に隊長が現れるから」


目の前には市丸隊長。


「わたしの視界、隊長が塞いでるから」

「人聞き悪い事言わんといて、君が見てるんやろ」


くすくすと口を弓張り月のようにして笑う。


「やっぱり」


あぁ、やっぱり。


わたしより、先にきっと。


この人はその事に気付いてた。


そして、この人はわたしが日番谷隊長を見てる瞬間も、わたしの事を見てた。


自惚れても良いんですか。





「ボクの横におるんやったら、ボクだけを見てれば良ぇと思うよ?」






「…敵いませんね」






わたしは呆れて溜息を零す。

自然と頬がほころぶのも分かった。



は、十番隊のちびっ子隊長には勿体無い」



くすくすと意地悪く、だけど綺麗な弓張りの形にさせて笑う。



「…市丸隊長…14日、仕事サボっちゃ駄目ですよ」

「何で」

「…じゃないとわたし、隊長の事見ていれないじゃないですか」


負けていられないと思ってしまう。

同じように笑ってみせる。

だけど。


「…それやったら、14日二人で休暇取ろ」


にっこりと笑い、わたしの頭を撫でる。


「そ、こまで言ってません!」

「…僕がそうしたいだけ」


にっこりと、今度は穏やかに笑った。



白のような薄いラベンダー色の髪がふわりと揺れて、わたしを包んだ気がした。










a Happy Valentine’s Day












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三年前だ。発掘してみたので手直ししてあげてみました笑。

バレンタイン連動フリー夢ばら撒いちゃおう企画(そんな名前だっけ)

もっそい白ギンです。

でも愛しい…日番谷氏の敵だったけど愛しいキャラって始めて(ぇ)






あなたの眸に映ってるのも、わたしだけなのかな。






戌年如月  蒼天。  泉。(←)