バレンタイン連動企画。
【欺きの上に咲く小さな真実を求めて】
例えば住む世界が違ったとして。
例えば立つ位置が違ったとして。
例えば――…‥一方的な恋心だったとして。
「ちゃんも厄介なのに目ぇ付けられはったなぁ」
「ほんまに、壬生浪なんか京から追い出してしまいよしに」
「吉田先生も困ってはったわぁ」
“見世物”として飼われているわたしには力も、お金も、心以外何一つ無い。
名前だって後から付けたし、誰もわたしの本当を知らない。
だけど。
身分違いじゃないけれど、立場違いの恋をしました。
銀髪に碧眼。
そう言うと聴こえは良いけれど、わたしのはどれも偽物。
銀髪、元々色素が薄い上に染めている。
碧眼、これはただのカラコン。
時空を移動してきたわたしにとって、生きていく術として残されたもの。
どれも偽物だけど。
わたしの生きていた時代は、西暦2000年。
ここは150年も昔の世界。
「ちゃん、お座敷上がって」
拾われた先は遊郭島原でも一ニを争う豪商の家。
稼ぎとして、否、情報収集を目的とする“狗”として、飼われている。
商売相手は、言わずと知れた人斬り集団“壬生浪”。
「ようこそ、お越しやす」
優美にお辞儀をする姉さんたちの後ろに控える。
目を付けれるのは時間の問題。
今日の獲物は、3人組。
「明里さん!今日は山南さん出張で留守!残念だったねー!」
「いややわ、藤堂はん。お客はあなた方だけで充分どす」
「コーラ平助!そんなコト言ってっと明里サンに相手されなくなるヨー」
「何だよ新八っつぁん!今日は飲むぞーなんて言ってでてきたのはどこの誰!?」
「俺だ!!!」
「…え、佐之には訊いてない」
「本に、可笑しい人たちやねぇ」
くすくすと明里姉さん笑う。
姉さんは上手いと思う。
遊女として、女として。
運は、無いと思うけど。
永倉、藤堂、原田。
史実にも残る、新撰組の頭幹部。
剣に秀で、小隊長を務め、若くして名前を京中にとどろかせている。
勿論、“悪名”だけど。
わたしは人間観察に飽き、格子の方へと視線をやった。
「わ、何この子!」
「さすが藤堂はん、目ぇつけるのが早いわぁ」
「すげ…目緑じゃん!」
わたしの事か、と視線を戻す。
途端に目の前が藤堂さんでいっぱいになった。
「わ」
「わー!すっげ、ねぇ何、何人!?」
「コラコラ、平助落ち着きなさいって」
「うげっ、苦しい、重い!」
藤堂さんの上に乗っかるように、今度は永倉さんが目の前に現れた。
「…本当、綺麗なミドリだねぇ…」
じぃっと瞳の奥を覗き込むような視線にわたしはうろたえた。
「 ほ ん も の ? 」
「え…?」
じぃっと見られたまま、問いかけられた言葉。
それにわたしはギョッとした。
「何言ってるの、新八っつぁん!本物でしょ?違ったら何!?何で色変えるの!?」
「いや、別に言ってみただけだヨー」
くすくすと永倉さんは笑いつつ、藤堂さんの背から退いた。
初めて、言われた。
恐らくは天然に、真偽を疑われた。
恐らく、動揺も伝わった。
あのひとはなに。
如月の朔日。
彼に初めて会った夜。
「で、さぁ?」
「何です?」
「結局それ、本物なの?」
「どうでしょうねぇ」
京弁は止めた。
取り敢えず、彼と接する時は。
「明日も来てくれたら教えてあげますよ」
くすくす、とわたしは笑う。
「そんなのズルいでショ」
彼も笑う、永倉さんの笑顔は好き。
何より“綺麗”だから。
まるで作られたような、最初から用意されていたような笑顔。
本心を語らない“笑顔”は嫌いじゃない。
どちらも欺き、偽り、騙している。
「明日、ねぇ」
言いつつ永倉さんはお酒を飲んだ。
明日も来てくれると思った。
そう、何の確証も無く。
明日はバレンタイン。
こちらでは何の意味も成さない言葉だけど。
わたしにとっては結構な切っ掛けであり、チャンスでもあった。
で も 。
か れ は 。
来 な か っ た 。
欺きの上に咲く恋の花なんか無い。
世界が違えば、位置が違えば、一方的であればあるほど。
枯れていくんだと。
そのままわたしは、遊郭を飛び出した。
「何ボーっとしてんのサ」
数日経ったある日、鴨川沿いの土手でのんびりしていると後ろから声。
聞き覚えのある、忘れもしない、声。
「何…って、色々考え事を。あなたこそ何で「そのままにしてて」
欺 き は い つ か 自 然 に 流 れ 出 て 。
「なに、冗談は止して」
「冗談なんかじゃないサ、君が真実を語ればネ」
広 が っ て 全 て を 飲 み 込 ん で ゆ く 。
心なしか、声が震えた。
「どういうつもりで俺に近づいたの」
「どういうって「正直に言わないと、“壬生浪”が牙を剥くよ」
正 直 っ て な に ?
「あなたにどんな牙があるっていうの、知らない、そんなの」
「…質問に答えて」
「わたしはそんなもの持っていないですよ」
「そんな?」
「“正直”とか“本当”とか」
わ た し の 世 界 は 欺 き の 上 に 成 り 立 っ て い て 。
「“壬生浪”狩りの君が?」
「…それすら、胸張って本当ですなんて言えません」
仕事はちゃんとやってるつもりだった。
あなたとのお座敷を除いては。
「否定もできない?」
「…だったら、何です」
「…この意味が、分かる?」
首筋に当てられた冷たいモノ。
散々と太陽の光を反射させ、わたしを少し、照らした。
「あぁ…そうですか」
わたしは諦めたように目を閉じる。
わ た し は 心 も 欺 き で 満 た さ な け れ ば な ら な か っ た 。
「…タイムリミットです、永倉さん」
「え?」
「…あぁ、因みに」
わたしはカラコンを外す。
視界は白けて、ぼやけて、はっきり見えない。
「この眼…偽物ですよ」
刀を素手で押さえ、振り返る。
ぎょっと、少しだけど目を見張った永倉さんが可愛くて。
くすり、と笑ってしまった。
「あぁ、そうだと、思った」
永倉さんは何故か、泣きそうな顔をした。
な ん で 。
「あと、この髪も染めてます」
「…そう」
「って名前も、本当は偽名です」
なんで。
分かってたような顔して、泣きそうなの。
いつもみたいに、“綺麗”に笑ってくれればいいのに。
「ぜんぶ、ほんとうに、ぜんぶ」
永倉さんの呟く声が、嫌に耳に残った。
手首を伝って、下へと流れ落ちる血が、地面に着く前に消える。
時間が無いらしい。
きっと、わたしはこのまま消える。
「本物なんて、持ってないんです」
「 ・ ・ ・ ほ ん と う に ? 」
初めて会った、あの時と同じように。
今度は漆黒のわたしの瞳の奥を見透かすように。
覗き込んで、見えただろうか。
わたしはゆっくりと目を瞬かせた。
「あぁ、一つだけ―…‥本当なのは、」
今度はわたしが永倉さんの瞳の奥を覗き込む。
勿論、何も見得やしない。
彼の顔だって、まともに見えないのだから。
「あの日、あの場所で、あなたを心待ちにしていた、わたしがいたって事ぐらい」
くちびるとくちびるが触れる。
永倉さんが目をむくのが分かった。
「わたしがここで得た、最初で最後の、小さな、小さな、真実です」
ふわりと自然に笑みが漏れた。
「まだ、種じゃない。咲かせてみようとは思わなかったノ?」
押し殺すような声が聴こえて、わたしは彼を覗き込む。
「…芽を出さない種だって、いくらでもあると思えば」
真 実 は 嘘 を 嫌 う 。
嘘 は 真 実 を 語 る 。
「俺が、咲かせてあげるから」
「“壬生浪”の牙はどこへ行ったんですか」
笑っちゃうな、とわたしは誤魔化す。
「…これは、俺だけの真実だから」
刀から力が抜けるのを感じて、わたしは手を離す。
「逃げないで、君は確かにここにいるんだから」
震える声に。
こんな小さなひとのどこにこんな力があるんだろう。
そう思わざるを得ない。
抱き締められるけど、わたしは、抱き締め返す腕を持っていない。
「…ハッピーバレンタイン、永倉さん」
呟いた声だけが、その場に残った。
す べ て は あ ざ む き の う え に 。
し ん じ つ は こ こ ろ の な か に 。
a Happy Valentine’s Day
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え、何、これ悲恋?(痛)
終わってみて気付いてしまった。
これ悲恋?
PEACE MAKERの永倉夢で悲恋!?
そんなバカな。
せかいのどんな欺きの上でも咲き誇る小さな花があるってこと。
戌年如月 蒼天。 泉。