かみさま



あたしを救ってください





狗に、鬼に、言葉は要らないと言う。
その中でも彼は、無言で人を斬る。
敵に手向ける言葉は、無いと言う。




こえが、聴こえる。

うたが、聴こえる。



わたしの耳は地獄耳、故に情報屋として働いている。
でもあくまで本業は、小さな飲み屋の歌い手。
わたしの歌は結構評判で、その日もわたしの歌を聴きに何人かのお客が集まった。






「アンタの声、耳障りなんでさァ」


ひどく不機嫌な声、この小さな飲み屋に不釣合いな綺麗な顔をした少年。
耳に障るような音など出していないはずだ。
きっと耳じゃなく、気に障ったんだ、と。
わたしは、ヒトを“イイ気分”にさせる音域を知っている。もちろん、その逆も。


「君の声は天使のようだから、鬼には毒なのさ」


お客から言われた言葉。
それがどういう意味なのか、すぐ分かった。


「あのひとが、真選組幹部の…沖田総悟」






河原で歌うのがわたしの日課。
その日もやはり河原で歌う。
自然の音が奏でるメロディに乗せて、愛を歌う。


「嫌がらせですかィ?」


土手の向こう側からまた、あの不機嫌な声が聴こえた。
真選組の隊服を身に纏い、アイマスクをし、土手に寝転がった彼がいた。


「あら、いたんですか」

「こんな公共の場で迷惑ですぜィ」

「…歌ぐらい、別に構わないでしょ。あなたにそれを取り締まる権限があるの?沖田さん」

「…そんなモン要るかィ、アンタを黙らせりゃいいだけの話でさァ」

「できるとでも?」

「簡単でさァ、そのための刀ですぜィ」

「…外道」

「そりゃどうも」


抑揚なく、空を真っ直ぐ見上げて(アイマスクはしているけれども)寝転んだまま。
それにしても、このひとは声だけでわたしだと分かったのだろうか。


「天の神から与えられた声とはよく言ったモンだねェ、
 空の向こうに居るのは野蛮で得体の知れない天人だけだってのに」

「天人?」

「…分からねェ人だ」

「は?」

「あの店から、消えてくだせェ。アンタの声を聴いてると、イライラするんでさァ」


むくりと起き上がると、彼はアイマスクを取る。
見上げる仕草は睨み上げるそれと似てる。


「アンタの歌声は、人を救うらしいじゃないですかィ。まるで神様みてェに、そう」





責められてるみたいで、いけ好かないんでさァ。





呟いた言葉、恐らく聞こえないと思ったのだろう。
でもわたしには聞こえるのだ。
だったら、止めればいいのに。
責められてると、感じるぐらいなら。


「真選組の門をくぐるのも、店に来るのも、河原に来るのも、止めてしまえばいいのに」


ぼそりと今度はわたしが呟く番だ。


「アンタの歌を聴いてると、喉元が苦しいんでィ。要らぬ言葉が口から出ちまいそうになる」


本音が。



「消えてくだせェ、…もう二度と、あの店に顔を出すな」


このひとは、一体何を考えているのだろう。

力ずくで黙らせることもできるのに何故だろう。
あんなに強い物言いなのに、不安げなのは何故だろう。



わたしに誰かを救えることができるなら


あなたを救える唄が歌えるなら



神から与えられたこの歌声が、救えるなら。



かみさま、彼を救うためにわたしを救って。




はじめてこの歌声で、ひとを救いたいと思った。









数日後、店に行ったら、全壊していた。




「う、そ…」

「アンタが悪いんでさァ」


呆然とするわたしの後ろで、腕組した彼が言った。


「何で」

「アンタ…って言ったかィ?耳、が、イイらしいねェ」

「…」

「俺も結構、耳は良い方でねェ…最近この店で、攘夷志士が情報を交換しに来るって噂が耳に入ったんでさァ」


何を言ってるのだろう。
わたしが原因だと、言いたいのだろうか。
だけど、偶然にも彼等が来た時わたしは居なかった。
そう、偶然にも。


「だから、御用改めただけですぜ」

「…あんた達が」




「もう来るなと、言ったはずですぜ。




あぁ。



かみさま。




どうかこの鬼にも救いを。




「わたしは、あなたを」


「言ったろィ、天には神様なんていないんでさァ」




地に鬼は、居るけどねェ。




そうして彼はわたしとは相容れない方向へと歩き出す。

その鬼にでも、救われたというのか。
そんな残酷なことを、いうのか。
もう何も聴きたくない、耳を塞ぐ。
自然が奏でる旋律からも、何からも。




どうかかみさま、この鬼に救いを。
その鬼を救いたいと思った、浅墓で傲慢なわたしに、救いを。














あぁ。


でももう、


救いの唄は聴こえてこない。


















(湿っぽい空気がわたしを湿らす、喉も眸の奥さえも)(蒼天。:泉。)