そう言えば今日は、現世の虚監視の当番に当たっていたな、と冬獅郎は頭の隅で思った。
監視とはそのままの意味で、例えば大虚とか、虚の群れの出現電波を捉えたら
その討伐に向かう隊長・副隊長・以下席官の当番制の事。
松本もいるし、他の奴等だっている、冬獅郎は体が求めるがまま、目を閉じた。
ひんやりとした手拭の感覚が、朝のの手を思い出させる。
(あいつの手、あんなに冷たかったか…?)いや、いつもは、そう大体は、暖かかったはずだ。
(なんで、)
「日番谷隊長!」
大きな松本の声で、冬獅郎は目を覚ました。
驚くほど汗をかいている。
弾かれるように起こした顔から手拭が落ちる。
ちらりとそれに視線をやった。
「…何だ、松本」
ずきずきと痛む額を押さえ、服装を正す。
「お休みのところ大変申し訳ありません」
「構わん、何だ」
「…申し上げます。先ほど入りました緊急伝令によると、
現世に向かった五番隊第五席率いる虚討伐隊なのですが、現世定点空座町神社付近で連絡が途絶え…「何だと?」
ざっと勢いよく襖を開ける。
言葉を遮られた松本は驚きと困惑に満ちた表情で、主の姿を見上げた。
「…その後一切の連絡が取れぬようになりました」
「…いつの話だ!?」
「1時間ほど前です」
「なぜもっと早く知らせなかった!」
冬獅郎は身支度を整え隊首羽織を羽織ると、部屋から飛び出した。
「藍染!!」
五番隊舎、隊首室。
難しい顔をして隊長の席に座す男に詰め寄る。
「どういう事だ、何故、が、」
「…?」
あぁ、と藍染五番隊隊長は小さく頷いた。
「…君たちは恋人同士だったかな、…すまない、まさかこんな事になるなんて」
「…こんな事って、」
「………今日は色んなところに虚が出て、十番隊だけじゃ手が足りなくて、五番隊に回ってきたの。
その時私も…藍染隊長もいなくて、ちゃんが…朝、あんなに体調悪そうだったのに、」
五番隊の副隊長である雛森が眉を寄せながら語る。
しかしただの虚討伐ぐらいなら、にも軽くこなせるはずだ。
彼女は体が丈夫じゃないとは言っても、第五席、充分に強い。
いや、今、何て?…体調が、悪そう?
「どういう…」
「ちゃん、風邪かも、って笑ってた、風邪なのに嬉しそうに笑うから変だなとは思ったんだけど…でも私がいない時に任務が下って、それから―…」
“緊急!緊急!現世定点四〇〇三.二五五四番!!空座神社にて虚の襲撃を…ギャァアア!”
「その数分後入った伝令だよ」
“緊急!こちら五番隊五席、虚に酷似した敵の襲撃を受け死傷者多数!!応援を頼む!繰り返”
の叫び声のような伝令が途切れ、ザァーというノイズだけが部屋に流れる。
その場にいた全員が立ち尽くし、騒然としていた。
冬獅郎の白い顔が、真っ青になる。
「…何が、」
「分からない、これから現世に行って調べようと言っていたところだ」
ざ、と藍染が立ち上がる。
五番隊の隊首羽織が翻る。
頭の中が真っ白になっていた。
(何があった?)
。
。
(たのむから、 無 事 で い て く れ )
冬獅郎は眉間の皺をより濃くして、蒼白な顔を上げた。
「…隊長!わたしたちも…!」
「いや、何があるか分からないし、ここは五番隊に任せてくれないか」
「日番谷くんもそんな体じゃ危ないし、無理だよ!」
「こんな所でおちおち待っていられるか!!!!」
冬獅郎は声を荒げる。
胸騒ぎが止まらない。
いやに扇情的だった昨夜のの裸体と、朝の微笑みと、手の冷たさが蘇る。
その全てが、血に濡れていた。
「そうは言ってもね、」
藍染がぐずる子供をなだめるように冬獅郎に言い聞かせる。
「…君はここで、待っていなさい」
肩をぽん、と叩く。
そうは言ってほしくなかった。
冬獅郎には心の隅で、その意味が分かっていた。
連絡が取れなくなった以上、討伐隊には何かあったのだ。
もしかしたら、もう間に合わないかもしれない。
そういう時、遺体が見つからないことなんてザラにあるし、ばらばらになっていたり、
無残にも、そう惨たらしいまでにぐちゃぐちゃになっていたりもする。
そんな姿になった彼女を、冬獅郎に見せまいとする、藍染の心配りだった。
だが、(全部俺のせいだ…!)ぐるぐるとそんな思いが渦巻いて、冬獅郎を焦らせた。
「…それじゃ、行ってくるからね、」