『冬獅郎』

わたしあなたと抱き合っている瞬間が一番好き、だって―…


こんなにも暖かい、





いくら祈っても、届かぬ思い。





ふわりと淡く微笑むの顔が、どんどん薄れていく。
大切に、大切に愛していた女。
失えなかった、何を置いても。
冬獅郎はたまらなくなって、五番隊舎を抜け、現世へと、降り立った。


現場は、凄惨過ぎるものだった。
木々はなぎ倒され、草木、人の焼ける匂いがした。
恐らくは誰かの、または虚の能力のせいで焼けたのだろう。
あたりはシーンとしていて、藍染や雛森の姿も見えない。
きょろりとあたりを見回すと、2つの肉の塊、死覇装姿だ、恐らく死んでいる。
の霊圧の名残を辿って、冬獅郎は歩を進めた。

「日番谷くん!」
「雛森…」
「来ちゃったの?顔色凄く悪いよ…大丈夫?」

大丈夫な訳あるか。
こんな、ことって、




こんな、残酷なことって、





「大丈夫だ、俺は、」

嫌な思いを頭を振って振り払おうとするも、風邪の影響か、ぐらりと視界が揺らいだ。

「ちょ、シロちゃん!」

雛森に支えられ、(情けねぇ)冬獅郎は唇を噛む。

「雛森くん!」

遠くで藍染の呼ぶ声。



「見つけたよ、これがくんの残存霊圧の原因だ」

茂みをかき分けると薄い結界が現れた。

「…天地防壁」

雛森がその名称を諳んじる。
高等結界の一つで、術者が認めるもの以外、内外の干渉は絶対不可に陥る。
入れないし、出られない、そういう結界だ。
その中に二人、死神が横たわっていた。
二人とも、酷い怪我を負っている、両手両足もひどく傷付いて、


「…この結果は、ちゃんが…?」
「そうだろうね、それに恐らく二人とも、結界から出ようと必死だったんだね」


藍染が哀しげに微笑む。
中の死神たちは、外に出ようと必死で結界を解こうとした、最終的には蹴ったり、殴ったり、
だが席官クラスの術者で、しかも天地防壁、破れるはずが、ない。
お互いが、お互いを守るために必死だったんだ。
その時、ふわりと結界が消えた。


…!」


確実に、の霊力が弱まっている。
雛森は二人の隊士に駆け寄ると声を掛け始めた。
そんなことに、付き合ってなどいられない。
冬獅郎は踵を返し、歩き出す。


『暖かいですね、冬獅郎』


(…全部、冷てェじゃねェか、)、冬獅郎はずるずると引き摺るように歩を進める。


カツン。


その足元に当たるもの。
見慣れた、刀、見知った、鍔、

の、刀、」

折れて、泥まみれになっていた。
冬獅郎が斬魄刀を持ち上げると、さぁっと消えていった。
斬魄刀の消滅は、持ち主である死神の、


瀕死を意味する。


冬獅郎の中で、どんどん絶望が肥大していく。
自分さえ風邪を引かなければ、虚討伐は五番隊へ回らなかったかもしれない。
自分さえ風邪を引かなければ、体調の悪いを、自室で休ませてやれたかもしれない。
自分さえ、



 


 …」

何度も、呼ぶ。
いつものように、間違いなど、例外などなく、返ってくるはずの声が返ってこない。


、」


(どこに、いるんだ、)ふらふらと覚束無ぬ足取りが、何かに躓いた。
転がるのは四肢を有り得ない方向に、むしろ自由に、放り出して、斃れている死神。
もう見る影もない、霊圧の名残が、風にのって舞い上がる。


「……?」


恐る恐る見下ろす。
四肢の骨は砕け、投げ出すように横たわっている。
右半身の損傷が特に激しく、腹は避けて内臓が飛び出し、顔だって血まみれで、
ただ、左手の薬指に、見たくなかったものが、目に入ったのだ。


「俺が買ってやったの、赤じゃなかっただろ、」


掠れる声で言って、冬獅郎は斃れている死神を抱きかかえる。
ずるりと四肢がついてきた。
かわりにぼたりと何かがずり落ちる。
結っていたはずの髪は乱れ、さらりと流れた。




「…、」




“これ”がだなんて思いたくなかった。
認めたくなどなかった。
間に合わなかったのだ、何もかもが、遅かった。
彼女のかすかな魄動が、冬獅郎に伝わる。
だけどもう、彼に彼女を呼ぶ力なんてない。


「日番谷くん!…ちゃ…」
「…」


雛森が呼ぶのを藍染が制した。
間に合わなかった、のだ。
彼女の命の灯火が掻き消えるのを救うのも、彼が彼女を見つけるのを阻止するのも、全て。

「………、」


冬獅郎の声が震える。
血に塗れた体を抱く力が弱まる。


「―…は、い」


か細く返る声に、冬獅郎は弾かれたように顔を上げた。
直視できなかったの顔を、見た。


「………迎えに、来てくれてありがとう、」


『終鐘の頃には戻りますから』―…自力で帰れそうになかったから、
そうは力なく紡ぐ。


「………死ぬな、」


そう言うしかなかったのだ。
彼女を自分の腕の中に繋ぎとめておくには。
今度こそ、ぎゅうっと抱き締めた。

「………あたたかい、」

もう筋の一つも動かせないのだろう、笑うことも、動くこともできずに、紡ぐ。
(お前は冷てぇじゃねーか、)何でこんなに、差があるんだよ。
(全部俺のせいなんだ)守りたかったものは全て、手から零れ落ちてゆく。
自分が弱いせいで、他の誰かを傷つけて、失っていく。
これ以上、失いたくはない、守ると誓ったんだ、


「…、」

「………冬獅郎、ありがとう、―…愛して、います」


もう最後の方は掠れて聞き取れない。
聞きたくはない、最期の言葉なんて。
大きな耳鳴りが、冬獅郎の聴覚を乱す。






「…しあわせ、」






耳鳴りのノイズの中で、そう呟かれた。



奪われた命は一体どこへ行くのだろう。
探して見つけて、今度こそ腕の中に捉えて離さないのに。




届かぬ祈りと、報われぬ懺悔。














「…手は尽くしましたが」


四番隊の卯ノ花隊長が、神妙な面持ちで言葉を紡いだ。

「…どうにもならなかったんですか?」

松本の言葉に。

「…もう、どうしようもなかったのです」

卯ノ花は応える。

「…、あんた、何で」



「…卯ノ花、ありがとう…」


冬獅郎の言葉に、卯ノ花と松本は言葉を飲み込んだ。
もう何を言っても、彼には聞こえはしない。
この世界にいるなら、こうなることは、誰しも覚悟しておかなければならない。
だが、現実は残酷すぎる。
冬獅郎はの遺体に近寄って、ふと頬を撫ぜる。


「…なァ、幸せだったか…?」


次の日、の遺体とともに、日番谷冬獅郎は数日間、姿をくらました。

























「…彼女が死んだのは君のせいじゃない」



現れた虚は、藍染が作り出した実験体の破面だった、



「…あれは―…死ぬべくして死んだのさ」



目の前に倒れる雛森。
それを前に笑う藍染。


「君が哀しむだろうと思って隠しておいたんだが」


もうそれ以上言わないでくれ、藍染。









「…彼女は僕が、殺したのさ」











そうして、雛森も、藍染も、俺の手の内から、零れ落ちた。





















この手は、一体何ができたのだろうか。


(守ることも、祈ることも、もうできはしない)









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おしまいでやんす。
日番谷ばかりが、失っていく。
でもそんな感じがだいすきです。(末期)