頬につめたい風の感触。 寒かった、冷たかった。 俺の中を戦慄が駆け巡っていた。 綺麗に整頓された部屋、干からびた料理、吹き抜ける隙間風。 そして、言い残された、 「隊長、何、言ってるんですか、の霊圧、…数日前に消失していますよ」 何で知らないんですか、という松本の表情。 あぁ、何で。 何で俺はあいつの霊圧を感じることができない? 数週間前、確実に拒絶されたことを思い出した。 「お願い、」 あいつの「お願い」なんて言葉を初めて聞いた気がする。 あいつは無理なことは何も求めてこない女だった、物分りがいい、奴だった。 それに甘えていたことも、多々あった。 その時俺は、仕事に追われていて、 残された数分の昼休みに、雛森の病室に行こうと思ってたんだ。 気が急いていて、その上、あいつのびくついた態度を見たら、嫌にイライラしてきて、 「ちっ…」 やべ、舌打ちしちまったって、心の中で思ったけど、もう引き返せなくて、 そのとき謝ろうと思ってあげた視線の先、酷く、狼狽して、絶望的な顔をしたあいつを見たら、 今日、その、帰ったら、別れを告げられるんじゃないかと思って、 「今夜は帰れねぇ、また今度な」 そう頭を撫でてやりたかったが、俺の手は握りこぶしを握ったまま、開かなかった。 あいつが笑っていてくれたら、俺はそれだけで頑張れた。 無我夢中になって仕事を片付けて、早く家に帰ってあいつに会いたい。 とりあえず俺は雛森の病室に行って、これから済ませなきゃならない仕事がたくさんある。 忙しいんだ、そうだ、お前の別れ話を聞いている暇なんてない! ムキになって視線をあげた。 あいつは細い肩をさらに恐縮させていた。 死覇装の隙間から見える、手首が嫌に細い。 痩せたのか、自分が抱いてからもう何ヶ月も過ぎている、 体の感じが変わったのかも、おぼろげで判断つかない。 顔色も悪い。 それは俺がすごんだからか、と自分を納得させて歩き出した。 納得させたうしろから、阿散井とあいつがいくらか会話しているのが聞こえた。 俺のときとは随分違う、声色だった。 怯えもなく、ただ、軽やかに、あの美しい声をつむいでいた。 くすくすと笑った感じが聞き取れて、ふと振り向いた。 (、) 随分と、俺の知らない顔で、笑うようになったんだな。 四番隊舎の中(あいつは何でこんなところに) もう一ヶ月と帰れず待たせたままの妻の後姿(目の前には自分じゃない男の姿) お前は俺が忘れてしまった笑顔を零していた、(どんな顔で、どんな声で、どんな仕草で?) 今まで放っておいたツケが回ってきたのか、(何でそいつが触れるんだ、お前は俺のだ) たのむから、俺を、おいていくな お前のぬくもりはとうに消え去っていた。 「、」 机の上に残された料理と、メモ。 “ 今日も一日お疲れ様です、先に休んでいますが、温めて食べてくださいね。 ” 床には二人で撮った写真が入った写真立てが落ちて、割れていた。 「残存霊圧、なし」 機械的な声が響いた、探索用の地獄蝶だ。 俺の横をすぅっと通り過ぎていく。 こうして確認される、“死神の死” 完全なる霊圧の消失。 の存在が、完全に消えたことが確認される。 「そんな、はず、」 誰が、何で、いったい、どうして? 数週間前は、立って歩いて、それで、 「数週間前?」 その言葉に眉を寄せたのは松本だった。 「隊長そんなにと会っていなかったんですか」 夫婦なのに、と責めるような声が降ってきた。 俺のせい?が、こうなったのは、違う、違う! は、きっと誰かに、誰かに、 それでも 「…守れなかった、俺の責任か、」 お前は、どこへ逝ったんだ。 ラブコールは届かない (もうお前を見つけることができない、俺をおいて消えてしまった) 瞳を閉じてもお前を見つけられない、笑顔も、声も、ぬくもりも。 “いろいろ、言えなかったことを謝らなければいけませんね。 わたし、妊娠してたの。 でも、流産した、あなたの子供、殺してしまって、産んであげられなくてごめんね。 そのとき、卯ノ花隊長に言われたの。 わたし長くはないんだって。 数週間前のあの日、言おうと思ったんだけど、わたしに勇気がないせいで、言えなくてごめんね。 もっとあなたに幸せになってもらいたかった。 もっとあなたに笑ってもらいたかった。 いっぱいいっぱい、してあげたかったこととか、伝えたかったこととか、あったんだけど、 ごめんなさい、わたしに時間がないせいで、脆弱なせいで、できないみたい。 先に、死に逝く無礼をお許しください、 ありがとうございます。 わたしは、幸せでしたよ。 今でも冬獅郎を愛しています。 日番谷、そう名乗れたことを誇りに思って、そしてこうして逝けることを幸福に思って。 願わくば、あなたが―…今も、すこしでもわたしを愛していてくれたら。 日番谷” -------------------------------- 続きます。(!!!) |