そうここは偽りだらけの地の果て
「日が落ちるわねぇ」
ぽつりと呟く。
ひどく稚拙で捻りの無い表現だな、と自嘲が零れた。
ビルの屋上、フェンスを乗り越えてわたしは自由へと旅立つ。
「わたしも死んだらあなたみたいになるのかな?」
問いかける先にいるのは、ここから飛び降りた人。(そう恐らくわたしと同じように)
人と言うにはかけ離れすぎている姿をしているが、とにかく。
“元”人であったもの。
ビルから伸びる鎖、もがき苦しむ霊。
「やだな、死んでからも苦しむのは」
やはりわたしは自嘲的に笑みを浮かべる。
夕日はわたしを真正面から照らす。
伸びた影が、広げた腕が、さながら羽が生えたようで…。
「人間か」
聴こえるはずの無い声に。
振り返る。
「…天使かと思ったぜ、羽に見えた」
目を細めしれっと言い、座っていた人は立ち上がる。
そりゃァがっかりさせてすみませんでしたね。
そう言ってやりたいところだが、もうすぐ日没。
太陽と一緒に落ちていこうと決めているのだ。
「…お前、聴こえてんなら忠告しとくぜ」
腕を組み、フェンス越しに見下ろす少年。
ふわりとその体が浮いた。
「出るぜ、ここ。早々に立ち去れ」
鷹揚な物言い、背には身の丈ほどの刀を背負い。
「忠告は、したぜ」
ダンっと地を蹴る。
「ッ!?」
その影はわたしを飛び越えて、わたしより先に地面に到達する。
抜かれた刀は下にいた“元”人を突き刺し、その場から消し去った。
何だろう、あれは。
白い羽織を翻し落ちていく姿は、自分より潔白で清廉な天使に見えた。
そして。
空を裂く、音が届いた。
「な…!?」
わたしは思わずフェンスに掴まる。
いっそこのまま落ちてしまえば楽なのに。
声が出ないんだ、海の泡と消える人魚じゃあるまいし。
空を裂いた隙間から覗く、目(恐らく)とわたしの視線がかち合う。
伸びた大きな腕はわたしへ向かって…
「たす、けてッ」
言っても誰も助けてなんてくれない、わたしはその事を良く知っているはずだった。
ぎゅっと瞑った瞳の奥、諦めの色が見えた。
「 ・ ・ ・ 分 か っ た 」
ただ、はっと、目を開いた。
そこに映るのは。
青く染まり行く空と、月の光を纏い闇に紛れて闇を照らす白銀。
「まだ死にたくねェんだろ、天使」
無垢そうな、真っ直ぐな翡翠の瞳。
「え」
「…何度でも救ってやるさ」
呟く声は明後日の方へと消える。
まるでそれは何かを失ってしまっているかのごとく。
絶望と、後悔。
まるでそれは志の折れた侍のごとく。
「もっと生にしがみ付いたらどうだ、お前はそんなに綺麗なんだから」
「は?」
「言ったろ、天使じゃねぇかと思ったって」
だったら救うのはわたしだろう、誰かに救われる天使なんぞ聞いた事が無い。
それにそんな感情の乗って無い声で言われても嬉しくない。
「ふーん、何か悔しいけど」
飛び降りるタイミングは殺されてしまった。
取り敢えず今日は諦めるしかない。
言いつつわたしはフェンスを乗り越え、現実へと戻る。
「…だったらさ、わたしがあなたの…強さの理由になってあげるよ」
真っ直ぐに見据えて言ってやった。
すると奴は大きな目をさらに見開き、すぐに苦々しそうに眉根を寄せてそっぽを向いた。
してやったりとわたしはほくそ笑む。
『綺麗だな、天使みてぇだ』
『強さの理由になってあげる』
どちらも上っ面の言葉。
相手を牽制するだけの、言葉。
だけど。
「お前、名前は」
「…へぇ、訊くんですか?…、よ」
「、な…天使にしては凡庸な名前」
くすっと奴は目を細めて笑う。
「…悪かったわね、そういうあなたは」
「冬獅郎、日番谷冬獅郎だ」
「…ふぅん、大層な名前」
上っ面だけ、無言を嫌うだけの言葉。
ただ、出会った。
「死に方選んでんじゃねぇよ、人間が」
「…全てを失ったような絶望の瞳してんじゃないわよ、死神が」
背に刺さったナイフを翼に見立てて
(あなたは地を蹴りわたしは天へと舞う)