だれか。 蝶々を捕まえて。 キオクに棲む、真っ黒な蝶々を。
「そいつの身柄については俺に任せてはくれませんか」 日番谷の言葉には耳を疑った。 「その輩を発見、捕縛してきたのは十番隊です」 (…まさか) あの小さい少年のような男は、何倍もの齢を重ねているであろうあのお偉いさんに異議を申し立てようと言うのか。 厄介ごとの種を自ら匿おうというのか? (よもや、わたしの身を案じて?) それは傲慢な思いが生まれて、そして消えた。 何か思惑があるのだ、あのナリでも隊長だ。 「そんなのズルいヨ!陰陽師の生き残り、データを取らない理由が無い!」 (うげ) 奇想天外な見た目をなさっている方が喚いている。 実験モルモットにされる気は更々無いし、ご免被る。 「面白そうやん?ボクのトコにも欲しいなァ」 くつくつ、と薄っぺらい笑いを浮かべる狐目の男。 不気味だ、そこはかとない。 感じる雰囲気に底がない。 「そんなァ、ボクだって欲しいよ〜?あんな可愛い子♪」 派手な着物どおり、行いも派手そうだ。 どいつもこいつも、を好奇な目で見つめている。 だけど、あの、翡翠の瞳だけは違った。 何に必死なのだろうか、よく分からないのだが、しかし真っ直ぐに見つめてくる。 「…黙らっしゃい!!」 (黙らっしゃい!?) は思わず耳を疑ったが、とにかく。 ええい、と余計な抗議の声を払うかのように山本総隊長は吼えた。 それで隊長たちはみな、押し黙った。 「主たちの考えは分かった。は一番隊特席として各隊の任務に当たらせるとする!」 つまり。 名目上は一番隊所属だが、仕事があれば他隊への手出しもあるということ。 どの道こき使われるのだと結論付けたは、げんなりと肩を落とした。 「なお、これからの数か月間は教育期間とし、その監督に十番隊日番谷冬獅郎を任ずる」 少年と呼ぶには頼りない彼の眉がぎゅっと寄る。 何だか不服そうだ。 だが、もう決定されてしまった。 おそらくこれはもう覆らない。 の意思とは全く無関係な場所で、すべては決まった。 「、」 つかつかと廊下を歩く小さな背中を追いかける。 足は短いくせに動きがすばやい。一つ一つの行動に無駄が一切ない。 「何ですか?」 「お前は何とも思わないのか?」 「…何がです」 「この扱いを、だ」 足を止めて、彼は肩越しに視線だけへ放る。 それにならっても足を止め、その小さな背を見つめた。 「そりゃ横暴だとは思いますよ、無理矢理つれてこられて、結局帰れないじゃないですか」 は肩を竦める。 幽体離脱した体はすぐにこちらに送られてくるらしい。 現世でのの存在はみなの記憶から消えるということで話は決着した。 まったく横暴だ。 間違いない。 だが、ここで反論しても命を失うだけ。 「すまない」 「…はい?」 「…こんなつもりじゃなかったんだが、」 はぁ、と彼は小さく溜息をつく。 意味の分からないはきょとりとするのみだ。 彼は上からの命令に従っただけで、非はないだろう。 「…ここでの暮らしは面倒だと思うが頑張れよ」 しみじみと言う日番谷に、唖然とする。 (少し哀れみの視線を感じたんですが、気のせいですか?) 再び彼が歩き出すのを感じて、うしろに続く。 だが少なからず、彼は自分の身を案じてくれたのであろう。 ここは尸魂界の中の瀞霊廷という場所らしい。 建物は木材を基調として作られているが、ところどころがコンクリのような土壁だ。 廊下を抜けて、十と書かれた大きな門をくぐる。 「取り合えずお前の部屋は十番隊舎であがなうことになった」 言って彼は襖を開ける。 八畳ほどの部屋に小さな机と座布団が置かれている。 奥には押し入れ。 「布団は押入れの中に入っている。あと要るものはあるか?」 腕組をした姿勢のまま、日番谷はを見上げた。 「お風呂とかは…」 「そういったことは松本が対応してくれるはずだ。取り敢えず着替えろ」 言われて部屋に置かれている死神装束(死覇装というらしい)に着替える。 袴なんて着たことが無い、取り敢えず着てみるが、これで正しいのだろうか、 (ああああ分からない!) 「あの…」 おずおずと障子戸を開ける。 律儀にもその壁にもたれるようにして立っていた彼に尋ねる。 「…どうした?できたか?」 「…あの、」 「何だ」 若干いらいらしている日番谷に向かって、思い切った。 「袴…着れないです」 「………は?」 盛大に眉を寄せる彼に、あははと乾いた笑いを零す。 「…しょうがねぇな…誰かその辺にいるやつ捕まえてくるから…」 「え、君が教えてくれたらいいから、」 「はぁ?」 さらに眉間の皺を深くする日番谷に、はしれっと返す。 「そんな面倒なことしなくていいよ!君が教えてくれたら済む!」 「ば、ばかやろ!んな事できっか!」 慌てふためく日番谷を尻目に、は彼の腕を取って部屋に引き入れる。 「…ったく、しょうがねぇな」 観念したのか、落ち着きを取り戻し日番谷はの腰紐を結った。 (慌てたのは最初だけ、か) 純情ボーイなのかと思いきや、案外そうでもないらしい。 この年の子はこんなような物なのかな? などとくだらないことを考えながら、日番谷の様子を見下ろした。 「できたぞ…って、何だその目は」 ぐっと眉を寄せて、不機嫌そうに腕を組む。 死神の世界は奥が深い、はそうしみじみと思って、 「ありがとう」 笑ってぺこりと頭を下げた。 「それじゃ行くぞ、ついてこい」 部屋に案内して着替えて、息つく間もなく歩き出す日番谷。 きょろきょろとしながらはそのうしろを行く。 時々すれ違う死神姿(当たり前か、)の人々に、好奇な目で見られつつ、辺りを観察する。 霊子でできているらしいこの世界は、空気が澄んでいるように感じる。 住み良い土地、とはあながち嘘ではないらしい。 そのすれ違う死神たちが一様に、日番谷に頭を下げている。 (やっぱりお偉いさんなんだなぁ) 隊長、というだけあって、一番上の立場なのだろう。 小さな背に、十という字を背負う彼。 よく分からないが、相当苦労してるんだろうなァ。 できるだけ彼には優しくしてやろうと思うなのでした。 |