誰だ。 目の前を横切る蝶は何の報せか。 キオクに棲む、真っ黒な蝶々は。
「たいちょー、どーしたんですか?」 若干呂律が回ってないのは、飲んだせいか。 そして口調が松本に似ていた気がするのは、気のせいであってほしい。 冬獅郎は上目がちに、声の主を見上げた。 「…、」 「木々が騒いでますよ、…心配してる」 驚いた、顔にそのまま出てしまったと思う。 ただ単純に驚いたのだ、はそういう感情に疎い奴だと思っていたから。 酔っているのか?と冬獅郎が首をかしげる。 ただ、誰も気づかなかった冬獅郎の心の波風に、気づいた。 それはどの人よりも希薄で、微かな変化だったにも関わらず。 その事実に少しだけ面喰う。 「お前、酔ってんのか」 「…酔ってませーん、これぐらいチョロイもんです」 えへへ、とゆるく笑う。 あぁ、(やっぱりこいつ酔ってやがる)松本が無理やり呑ませるからだ。 今夜は月が明るい。 照らされるの顔は、いつもより紅潮していた。 そして思う、 「…お前でもそんな顔で笑うんだな」 そう言えば、初めて会ったころから一ヶ月ほど経つが、が笑った姿など見たことがなかった。 何者も寄せ付けない、無口さと無反応さだったのだ。 「隊長こそ、…そんな顔もするんですね、」 先ほどまでとは打って変わってえらくはっきりと告げられ、再びの顔を凝視した。 月を背負うように立つ彼女の顔が、逆光で見えづらい。 一体どういう顔だよ、と口を開こうとした時。 「あー!たいちょーばっかりを独り占めして!!」 いーけないんだ!と松本がはやし立てる声がした。 周りの奴が便乗して、やんややんやと場が沸く。 何が独り占めだ、人聞きの悪い。大体から近づいてきたのだ、不可抗力以外の何物でもない。 冬獅郎が反論しないのに面白みを欠いたのか、二人はまた話のかやの外に出された。 ざわ、とまた木々が騒ぐ。 「何で一人ぼっちみたいな目してるんですか?」 今度はがしゃがんでは、冬獅郎を見上げた。 漆黒の、瞳が見上げる。 さらり、と彼女の黒髪が流れた。 「そんな哀しい顔しなくても、だいじょうぶですよ」 にこり、と切なげに微笑う。 何でがこんな顔をするのか、冬獅郎には理解できなかった。 言葉の意味すら、理解できない。 一体、何だと言うのだ。 大体そんなこと、思ってもいない。 じんわりと胸の奥が締め付けられる、そんな顔、 「…んな顔させてぇ訳じゃねぇんだ、」 ぽろり、と冬獅郎の口から言葉がこぼれた。 自分でも理解できない、言葉だった。 はっと我に返り、自分の言葉を反芻する。 反射的に、一線を引いてしまった。 が、その黒目がちの大きな瞳をぱちくりとさせている。 「だ、だから、楽しむための宴だってのに、んな事言うなつってんだ!」 がぁと吠えるように言い放っては立ちあがる。 それから「松本!酒だ!」と言い放つ、途端に大量の酒が頭上から降ってきた。 「マッテマシター!」 「だからって限度っつーもんがあるだろうがッ!」 ぽた、ぽた、と雫が滴る髪をふるう。 文字通り、浴びるほどの酒を受けた冬獅郎の怒号が十番隊舎にこだました。 「だぁってぇ〜、隊長が酒だって言ったんでしょ〜」 「……うるせェッ!今夜は飲むんだろ、次だ次!」 「さぁっすが隊長!ささ、どんどん持ってきて〜飲んじゃって〜持ってきて〜飲んじゃって〜!」 明日はここの片付けから仕事が始まると思うと、眉間の皺を押さえるしかない、冬獅郎だった。 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ そろそろ書き始めようかな、なんて。 またやるやる詐欺になりそう…/(^p^)\ |