【PEACE MAKER】 例えばこんな逸話 THE THIRD STORY
「何で、あんたがこんなところにいるの…?」
絶望的な、この、焦りは何だ。
(あたしと鈴の間にある、この空気は何?)
昔、新撰組に入る前、そう遠の昔。
人には二種類あると知った。
“敵である奴”と“まだ敵じゃない奴”
鈴は、“敵”になってしまった。
ある一線を踏み越えて。
そんな空気が現場を支配している。
〜 第拾壱夜 A Taker a Life × Be it 〜
「さん、顔変わったね」
向かいに座る鈴が妖艶に笑む。
伽藍細工の朱と漆黒がいやに妖しくて、どこか遊郭を思わせる。
ここは大阪の大和屋。
この大きな老舗問屋に何故、鈴が。
は混乱する頭を無理矢理落ち着かせ、鈴を見据える。
「お茶、飲まないの?」
「怪し過ぎて飲む気にはなれない」
真っ直ぐ見つめていたことか、それとも即答したことか、
そのどれかが彼の笑うツボを刺激したらしい。
笑みを零す、勿論爆笑なんかではなく、しかし声を出して。
(気味が悪い)
背筋が凍る、寒い。
「そういえばさァ」
んーっと、と顎に手を置いて、鈴は考える仕草をとった。
「さん、死んだって聞いたんだけど…生きてたんだね」
しばらくの沈黙、はごくりと唾を飲んだ。
(…何が言いたい)
じとりと目を据わらせて、相手を睨む。
「そんな怖い目しないでよ、まだ何もしてないんだから」
そんな風に思っているとは到底思えない鈴は、ただを見下ろす。
「…おかしいなぁ、確かな情報だと思ったんだけど…さん、死んでたら…
殺した奴等始末しようと思ってたんだけどなぁ」
鈴は淡々と続ける。
「…勝手に俺からさん奪うなんて、いい度胸だよね…さんを殺すのは、俺なのに」
ぞっとの背筋を冷たいものが流れた。
「…どこの、誰?教えてよ」
「噂、でしょ。わたしはまだ生きている。勝手に殺さないでよね」
どの道、ここで殺されるんだろうが。
はチラリとヒカガミを見る。
(デカイ)
絶対に勝てない。
敵前逃亡も士道不覚悟だが、ここで死ぬわけにはいかない。
「大体、何の恨みがあって、わたしを殺すの?」
「……………飽きた」
しばらくの沈黙の後、の質問を完全に無視して、鈴は呟いた。
(…こいつ)
「ヒカガミ、さんを送ってあげて」
すっと立ち上がるヒカガミに、はびくりと肩を震わせた。
ちらりとそちらへ視線を向ける。
「まーだ何もしてないって言ってるじゃない、そんなに怯えないでよ」
耳元で囁かれる声音。
ヒカガミへ視線をやった一瞬の隙に、間合いに入られた。
「………せいぜい長生きしてよね、さん」
くすくすと相変わらず軽やかに笑い続ける、鈴。
ヒカガミに引き摺られるようにして立ち上がると、は鈴から視線を無理矢理剥がした。
(こいつはとんでもないことに手を出そうとしているんじゃ…)
その事が脳裏をよぎって、離れない。
ヒカガミの後ろをついてあるくと、玄関へと案内された。
「…あ、どうも」
草履を履く。
チリン。
鈴の音に顔を上げると、そこには三頭身の女の子。
「…なに」
無言でその子はに鈴を手渡す。
「…くれるの?」
こくりと頷く。
「そう、有難う」
笑ってそれを懐に入れる。
(…変な感じがする)
研ぎ澄まされたの第六感が、そう訴えかけていた。
外に出るともう夕暮れ。
「参ったなぁ。野宿するわけにもいかないし」
(歩き続けるか?)
大阪に知り合いがいないことは無いが、迷惑をかけるのは申し訳無い。
とにもかくにも、早く京へ戻らなければいけないのだ。
(だがしかし、戻ったら戻ったで奴等に見つけられ易いのではないか)
3日間、どこかの山奥にでも隠れていた方が安全なような気もする。
(いや、絶対その方が安全)
だけど、気になることがある。
(わたしを殺してきたと、言った)
ルピンが言っていたことを思い出す。
早く帰って、真偽を確かめなくてはならない。
「………新八…」
呟いた声だけでも、せめて京の屯所に届いたらいいのに。
はとりあえず、人気の無さそうな空き家を探した。
次項。
〜 第拾弐夜 逃走と後悔 〜
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あはは、敵がイッパイだ★