【藤堂平助追悼記念】  〜例えばこんな逸話ヴァージョン〜





「…え…?」


あたしは耳を疑った。


「聞こえなかったのか?もう一度言ってやる。今日、伊東を斬る」


土方副長の重い声が部屋中に響く。

その場にいた、新八、佐之、総司は、あたし同様呆けていた。


「何だよそれ…」

「て事は、御陵衛士を」

「まとめて一網打尽にするつもりだ。今日俺たちは伊東を宴に誘う…その帰り、伊東を斬る」

そして。土方さんは続けた。

「上手く行ったら伊東の死体を目立つ場所において、引き取りにきた仲間を、斬る」

いつもより、数倍重く響く。


それは。


つまり…。





「平助はどうすんだよ!!??」





さすが佐之、誰もが言い難かった事を言ってくれた。


「藤堂は…助ける。うまく逃げれるよう、取り計らえ」


土方さんはそう言い残して、去っていった。





「平助だけは助けたい」




同じ事を近藤さんにも言われた。








「逃げると思うか?あの男が?」

佐之がぽつりと呟く。

「平助は逃げないネ」

新八もはっきりと言う。

総司は、部屋から出ていってしまった。


いつか、こんな日が来るんじゃないかと思ってた。


平助があたし達に背を向けた、あの日から。



『俺、御陵衛士になる。伊東先生についていく』



あの時あたしは、何も言えなくて。


『平助、それで良いの?』   『うん、もう決めた事なんだ』


悲しげな微笑みを浮かべて、あたしに触れる平助に。


あたしは。

ただ、そう訊くだけが精一杯で。


泣いていたように見えた背を、見送る事しかできなかった。








この気持ちは何だろう。


悲しいの?


違う、これは。





泣きたくても、涙が出ない。


平助。こんな薄情な人でゴメン。


!!!」


「え、あ。何?」


新八が呼んでた事に全然気付かなかった。


「ダイジョウブ?」

「…大丈夫だよ…新八こそ、大丈夫?」

「あはは…ちょっと、ダイジョウブじゃないカナー…」

俯いたまま、自棄気味に笑って言い放った。

「だよね…平助は、来るかな」

「来るデショ…あいつは、良い奴だから」

「これから斬る人に向けて言う台詞じゃないよ」



「…平助は、助ける」



新八の言葉が、あたしの心にのしかかる。


「うん」


必ず。


「来た…



 平助も、いる



隊士たちが、ジリっと動く。


その後ろ、あたしと佐之と新八、そして総司がお互いの視線を合わせた。



「いざ…」


新八が口火を切る。



「永倉新八、参る!!!!」



ダッと駆け出す。


「原田佐之助、行くぜぇ!!」

「沖田総司、参ります!!」

「…、参る」


静かに、駆け出す。


隊士と衛士の斬り合い。


あたし達4人は、一直線に平助を目指す。




一瞬、まだ距離のあった平助と目が合った。



「ッッッ平助ェ!!!」


気付いたら、叫んでた。


その前に知らない奴が立ちはだかる。


「邪魔だァ!!」


一刀両断、斬り捨てる。

ここは外、刀は大ぶりできる。


血飛沫が全身にかかるにも関わらず、あたしは突き進んだ。



平助、お願い。




生きて。




前が開けた。


一気に進もうとすると、大柄な男があたしの行く手を阻んだ。

キィン!と耳障りな金きり音が耳についた。


くそっ…。


押される。



力で、押される。



「ッ!!」



相手が、ニヤリと笑った気がした。



押し、負ける…!!!



!!!」



新八の声が耳に届いた。



ジリっと、草履が地を滑る。


く、そ、がァ!!!!


そこでチラっと、平助の様子を覗う。


今、平助は新八と刀を合わせていた。


平助も、あたしを見た。


その時。


ズルり、と刀の刃が滑った。


                   「ッ!!!!」


刀にかけられていた怪力を受け流す。


後ろへ飛ぶ。


こいつは斬っても無駄だ。


突きで、仕留める。


そう活路が開けたとき。



視界の端で、あたしを見ていた平助に斬りかかる隊士が見えた。


新八は!?


新八は大分離れたところで、他の衛士と斬り合っている。



「平助ぇ!!!三浦ッ、止めろ――――ッ!!!」



こんなに叫んだのは初めてだった。


ハッとして振りかえる前に、平助は背中を斬られた。



「余所見してる場合じゃねぇぜっ、お嬢さん!!」


あたしを阻んでいた大男が、刀を振り下ろしてきた。


「邪魔よ!!」


天然理心流の極意は“突き”にある。


総司同様、“突き”を得意とするあたしは、その男の胸元を正確に“突いた”。


平助の方へ駆け出す。


一方の平助は斬ってきた相手を斬り捨てていた。


「平助ッ!!」


あたしは、平助の傍らに立った。

膝を折る。


「あ、れ、ちゃんじゃん…」

「喋らないで、今、何とかするからっ」


そうは言ったものの、あたしは平助の体を持ち上げてはっとした。


軽い。


まるで、体内の血液が抜け落ちてしまっているかのような。


「いてて…ちゃん…どうしたの?」

「平助、お願い、喋らないで…逃げよう、速く」

「逃げるって、何、言ってるの」

「良いから!」


あたしは怒鳴った。


すると、あたしの頬に平助の手が伸びてきた。


自らの血に染まった、真っ赤な手で、平助はあたしの頬を撫でた。



その手を握る。


「ヤだな、何、泣いてんの」

「泣いてないじゃない!!バカ!…新八!!新八ィ!!!

「…俺の前で、他の男の名前、呼ばないでよ…最期ぐらいさ」


苦笑…だろうか?を浮かべて、平助は言う。


「最期って何!ヤだよ!!最期だなんて言うなッ!!」


あたしが叫ぶ。声も、いい加減枯れてきた。


慣れない大声を出し過ぎた。



隊長!!」


あたしを呼ぶ声。


「隊長、退いてください!!!そいつを、斬ります!!!」




「バカ!!!!この人は斬っちゃダメ!!!!!」




「隊長!!」


「うるさいッ!!この人斬ったら、あたしがあんたを斬るよ!?」


そこで、諦めたらしい。声は、止んだ。


「へへ…ちゃんってば隊長さんになったんだ…すごいや」


「うん、平助がいない間に、変わったんだよ、色々と。その話も、したいから。だから」



生きてよ。


ゴボっと咳き込む平助。


それにともなって、赤い泡が飛び散った。



「平助…平助、しっかりして。平助ってば」


!!」


「新八!平助が斬られた!」

「ウソ…」


「やっほー…新八っつぁん…」


「馬鹿平助!!逃げろって言ったデショ!?」


「それ、ちゃん…に、も、言われたー…」



淡々と、切れ切れに、言う。


「傷はどうなノ!?」


「分かんないよ、そんなの!!」


明らかなのは。




平助が、もう助からないという事。









「あ、は。ちゃんの目、俺しか映ってないや…なん、か、うれし…」



何、言ってるの。



こっちは、涙でかすんで顔なんて見えないっての…



「何言ってんのよ…バカ!…お願いだから…」


神様を信じたことなんて、一度も無かった。

神様に祈ったことなんて、一度も無かった。



だけど、どうか。


神が存在するなら、平助を、助けてください…。



頬に添えられた手がかすかに動いて、あたしの涙を拭う。



力なく笑う平助に、あたしは感じた事の無い怒りと悔しさを覚えた。




「ごめん、ごめんね…ごめんね、平助…」

ちゃん、何で、あやまんの…」

「だって…」


守りたかったんだよ、あたしは。

失いたくなかったんだよ、あなたを。


力が無くてごめん。

勇気が無くてごめん。

素直じゃなくてごめん。


守ってあげられなくて、ごめん。


涙は、頬を伝って平助の顔に落ちるけど。


その雫が平助の血を洗い流す事なんて、できなかった。



「う…」


うめきながら、平助はあたしの顔の高さまで首をもたげた。


息が、かかるほどの距離。


血の匂いが、鼻腔を突く。





平助の口が、動く。


だけど、空気だけが抜けていく様に、あたしの耳まで声は届かない。


あたしは、平助の口元に耳を寄せる。



「悲しませて、ごめん。



 でも。



 最期に、逢えたのが君で良かった………


途切れる事なく紡がれた言葉は、するりとあたしの脳まで浸透する。





「愛してる」




「へ…」


いすけ、と名を呼ぼうとした。

だけど、それは喉につかえて、出てこなかった。



「みんな…ありがと…」



ずしっ。


重みが増した。


…?」

後ろで、新八に呼ばれたが、意識の外だった。


自分の体重を支えられなくなった平助の体は、


ただ、そこに存在して重力に身を任せているだけとなった。



  「平助!!」       「藤堂さん!!」

佐之や総司の声も、意識を通り越して行った。









『最期に、逢えたのが君で良かった…





平助が、あたしの名を呼び捨てたのは、これが、初めて。



そして、最期。



何か、大切なモノを呼ぶかのように。


愛しそうに。






『愛してる』






「バカ…平助」



今更言ったって、遅いのよ。


ぐったりとして、もう何も話さない。


昔はあんなに、うるさかったのに。


昔?


そんな昔って程昔じゃないはずなのに。


随分遠い日のように感じる。



「平助…平助ぇ…」


目を、開けてよぉ…。


何か、言ってよぉ…。


いつもみたいに、あたしに、可愛いって、言ってよぉ…。



平助の胸に、顔をうずめて、静かに泣く。



もう誰も、何も言わなかった。



新八も、総司も、佐之でさえも、そして。


平助も。


誰も、何も、言わなかった…。



その静けさを破ったのは。


「藤堂がやられた!!」

「退けぇ!!」


衛士たちの声だった。



「逃がすな…」


あたしは、ポツリと呟いた。




「逃がすなァ!!!」




隊長格が集まって、静まり返っているのを見ていた平隊士たちがはっとして動き出す。


あたしは、平助を道に横たえると平助の刀を取って走り出した。






あたし達は。


生き続けるしかなくて。


大切な人の屍さえも、踏み越えて。



どこまでも、続く見えない道を、ひたすらに。






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前から書いてた油小路ネタ。

というか…大河 新選組!で油小路を見て書いたケド…

思いとどまって上げなかった作品。

しょうもなー…

平助ファンのみなさま、申し訳ございません…!!