【REBORN!】
10年後シリーズ。
泣かないで。
見上げた青い空はあの国と同じ。
でもあなたはそれを懐かしみはしないんだね。
「臭う」
わたしはくんっと空気を吸い込む。
辺りにはかすかに血の臭い。
「何度目?ったく」
わたしのイタリア語はお世辞にもうまいとは言えない。
ただわたしの掃除の腕はお世辞なしにうまいと言える。
「…ハヤト・ゴクデラねぇ…血生臭いこと」
窓を開け放つ。
さぁっと爽やかな風が部屋の中を吹き抜けた。
寝室へと続くドアは開けられない、恐らく部屋の主がいる。
血の臭いをさせた、このファミリーの幹部。
わたしはそのファミリーボンゴレの屋敷の清掃を一手に引き受ける掃除屋。
清掃員だ。
いつもこの時間に寸分の遅れも無く、部屋の中に誰がいようがいまいがお構いなしに踏み入り、
一部の埃も残さず片付ける。
そんなわたしの嗅覚は人並み以上に優れている。
「今日は天気がいいこと…」
窓から空を見上げる。
限りなく広がる空は、わたしに優しい。
(血の臭いは大嫌いだけれども)
今このファミリーは10代目に代替わり。
その10代目の部屋はいつも散らかっている。
ファミリー中の子供が、遊びにくるせいだ。そこら中に落書きがある。
幹部の人、ほとんどが日本人だが、タケシ・ヤマモトの部屋は乱雑だ。
汗臭く、男の臭いがする。日本のものがいっぱいある。
キョウヤ・ヒバリの部屋は埃一つ無い。家具の乱れもない。
空気も綺麗。だから、何も無い。
ヒットマン、リボーンの部屋は危険がいっぱい。
他にも多くの私室があるけれど、どの部屋もこのハヤト・ゴクデラの部屋よりマシだ。
「…何度来ても胸焼けがする」
「さっきから聞いてれば、人様の部屋でうるせぇな」
ひどく不機嫌な声が真後ろからかかって、わたしはびくっと肩を揺らした。
この部屋の主の声であることは明白で。
「嫌いなら来るんじゃねぇ」
「…こちらも仕事です」
火薬の臭いが混じる。
爽やかな空気がいっきに濁る。
この人は、一体、どれだけの血を、その手に、浴びてきたのか。
「そんなに臭うかよ」
「…少なくともわたしには臭います」
「分んねーよ」
へっと自嘲気味に笑う。
自分でも分かっているのだろうか。
「午後から会合では」
「…まぁな」
「そのような格好ではお部屋に入れてもらえませんよ」
「もとからこんな格好で行こうとは思っちゃいねーよ」
椅子に腰掛け、煙草に火をつける。
血、火薬、煙草、それから香水。
この人からは色々なニオイがする。
(まるで血の臭いを消そうとでもするように)
沢山の煙草を吸う。
強い香水を使う。
「なぁ」
「何でしょう」
「綺麗に、しといてくれな」
吐き出した煙がふわりと風に流される。
「でしたら、そこら中歩き回らないで下さい」
わたしは椅子に腰掛ける彼の腕を取る。
「掃除した先から汚されては迷惑です」
(ほらまた床にぽたりと)
血が落ちた。
この部屋の血の臭いの原因はこれ。
「悪ィ癖、なんだよな…まだガキの頃の癖が抜けねぇ…」
ぎゅっと眉を寄せて、彼は言い捨てた。
わたしは何も聴こうとはしないし、彼も詳しく話そうとはしない。
ただ、血の滴る彼の腕を取って、治療を始めるだけ。
(だから嫌なのよ、この人の部屋は)
「結局、誰も護れねぇんだ、俺が弱くちゃ、みんな駄目にしちまう」
ぽつりと彼はつむぎだす。
「護りたいものが全部、この腕から滑り落ちちまう」
ぎゅうっと拳を握り締めるものだから、止血の意味が無い。
「そりゃこんな血で濡らしてたら、掴みたくてもできないでしょうよ」
わたしはぽつりと呟いた。
腕に包帯をぐるぐると巻き、頬へ絆創膏を貼る。
「誰かのために戦うんなら、先に護ることですね…誰かのために、自分を」
見下すような視線でわたしは言い捨てる。
くるりと背を向ける。
この部屋の血の臭いは嫌い。
護るために傷つく彼を見ているのはイライラする。
「何でお前が泣くんだよ」
訳、分かんねぇ…と後ろから降ってきた。
「誰のせいですか」
「…知るかよ」
涙が落ちないように見上げた空が青くて、また心に染みた。
昔と変わらないという彼も心に染みているのだろうか。
「…誰かのために強くなるって事は、自分の身が護れるって事が第一条件だってこと」
忘れちゃ駄目ですよ。
「…そうだな」
次の週、部屋から血の臭いはしなかった。
机の上には小さくメモ書き。
『、お前を護れるぐらい強くなってやる。10代目も、お前も、一生、俺が護る
だから、俺は俺自身も必死に、護る』
あなたの部屋は嫌い。
なにかを探してしてしまう。
あなたの異常を、探してしまう。
あの青い空はいつも同じで、心に染みて、昔を思い出す。
だけどこの部屋では、探してしまう。
未来に繋がる何かを、いつも、探してしまう。
だから嫌だよ。