「あーあ、」

盛大な溜息を一つついて、わたしは膝を追った。
辺りはすっかり闇に落ちて、月光だけが淡く窓から差し込んでいる。
酷く自棄な気分になる。
ふかふかの赤い絨毯にへたり込み、もう一度溜息を零す。
(あと数十分じゃんか)
わたしの誕生日。
別に誕生日に浮かれる年でもないけども、誕生日にこの状況ってどうよ?
今頃家でゆっくりワインでも飲んでるところだったろうに。
赤い絨毯はじわじわとどす黒く色を変えている。
錆びた血のニオイ。

「べっつに良いんだけどさ!」

仕事を外される方が困る。
でも、何も今日じゃなくてもよかったのに。
少しだけ気分が滅入る。
暗く、淀んだ空気をすぅっと吸い込む。

「…嫌な世界だな、まったく」

長針がかつりと動いて55分を指した。
今日も終わりだ、わたしもまた、暗闇に溶けて行く。



「おやおや、奇遇ですね」



ばさばさ、と長い黒コートを翻して割れた窓辺に立っている人物。
月光を背に、あの青紫がかった髪が揺れている。

「…あんた、」
「こんなところであなたに逢えるとは。たまには散歩をしてみるものです」

くすくすと軽い笑い声を立てて、その男は一歩、また一歩とわたしに歩み寄る。
聞き覚えのありすぎる声、わたしは呆然と見上げる。
それはこの場にあるはずのない声。
六道骸、我がボンゴレファミリーの霧の守護者。
その得体は知られてはいないが、わたしは結構親交があった。

「何を呆けているのです、僕の記憶が正しければあなたは今日誕生日のはずでは?」

ファミリーの誰も知らなかったことをさらりと言ってのける。
そしてもっともわたしが気にしている点。

「そうですが、何か?」

え?誕生日だっていうのに仕事なんて寂しい人ですねクフフとでも言うつもりかこの変態パイナッポー。

「誕生日だって言うのに仕事、しかも暗殺なんてあなたも可哀想な人ですね」

クフフと笑いながら、座り込むわたしを見下ろした。
手を差し伸べでもしてくれるかと思いきや、あの台詞。
わたしの想像を超えて失礼な男だ。


「何よ」

むっすりと立ち上がり尻の埃を払う。
骸はその様子を笑って見ている。
笑っているのが分かる、月明かりにも綺麗な顔立ちだ。
まったくいやになる。

「さ、帰りましょう」
「何しにきたのよ、骸」
「散歩です、最初に言ったじゃないですか」

クフフっと笑うとわたしの腰に手を添える。

「何してんだ!」
「…何って、エスコートですよ」
「結構だ!」
「何です、落ち込んでいたくせに」
「落ち込んでないし!って言うか、あんたに会っちゃったことがまず残念って言うか!」
「そうですか?まんざらでもなさそうでしたが」

骸はにこやかに笑みつつ、わたしの攻撃もひらりとかわしていく。
いつの間にか、わたしの気分は辺りには向いていなかった。
暗く淀んだ空気が掻き消える。
まるで月光に包まれているかのようだ。

「さぁ、行きましょう、あなたにこんな場所は似合わない」

やっと差し伸べられた、手。
だけどわたしにはすんなり重ねることは難しい。
意地が邪魔して、手を出させない。

「…、あなたの誕生日、僕に祝わせてくれませんか?」

す、とスマートな仕草で骸はわたしの手を取る。
こういう仕草がすんなりできる、この男が不思議だ。

「祝って、くれるの?」
「えぇ、全身全霊をかけてお祝いしますよ」
「あと5分ぐらいしかないんだけど」
「5分あれば十分です」

クスクスとそこはかとなく笑って、骸はわたしの手の甲に口付けた。



「あなたが幸せになるなら、僕はどんな努力も惜しみませんよ」



そう、何でもないことのように笑うんだ。
自由な時間も無いくせに、いつも第一線にいるくせに、何が、わたしのため、よ。
こういう弱ってるときに決まって出てくるんだ、こいつは。

「あんたバカでしょ」
「バカはバカでもバカです」
「…ほんとバカ、」
「何でもしますよ、あなたのためなら」
「バーカ、バーカ」
「惚れてしまった弱みです」
「…もうほんとバカ!!!」
「全力でお祝いしますから」













「だから頑張った僕に、
ちゃんとご褒美をくださいね?」




















、ハッピーバースディ。
(はい、あなたの誕生日はおしまいです。さぁ、ご褒美の時間ですね?)











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骸たんでした。
次行こう。