【REBORN!】     〜彼の隣〜







派手な音がした。




「ヒバリさんだ」

ポツリと声に出してみた。

「…何、君」


漏れなく付いてくる睨みが例外なく襲ってきた。


「ただの通行人です」


あたしはそ知らぬふりして通り過ぎようとする。


「…待ちなよ、


な、なんであたしの名前知ってるの――――!!??


「…待ちません」

「なんで」

「命の危険がありそうなので」

「へぇ、僕ってそんな印象なんだ…初めて喋ったのに酷いね」


全然そんな悲しみ感じてないだろう、君!!


あたしは歩みを止めて、視線だけ彼に向ける。


「…あなたこそ酷い噂ですよ、不良の親玉さん」


彼にこんな物言いをできるのは、この世界おいても数人だと思う。

あたしは別に彼が恐ろしいとは思わない。

それは女だから彼が殴るはずが無いという安易な思いからじゃない。



…なんとなくだが、そんな気がするだけだ。



彼はあたしを殴らないし、ましてや触れもしないだろう、と。


「噂を信じるタイプには見えないね」

「よく言われるわ」

「群れるタイプにも見えない」

「当たりね」

「弱くも無い」

「強くも無いけど」


そんな押し問答にも飽きて、あたしはヒバリさんの前に視線を向けた。



そこには何故か半壊の自動販売機。



「僕、今機嫌悪いんだよね」

「そうらしいですね」


さらり、とあたしは返す。

大方八つ当たりに自動販売機も破壊したのだろう。


「君はさ、いつも独りでいるけどそれが好きなの?」

「…は?」


予想外の質問に、思わず眉を寄せた。

確かにあたしはあまり友達とつるまない。

独りが何より落ち着くし、楽だ。

でも、質問の意図が読めない。

それ以上に、その質問は。


「…いつもって、あたしの事見てるんですか?」


「まぁね」


予想外の答えに、思わず口ごもった。

見目が良く、あまり表情が現れない彼の顔を凝視する。


「群れている女子どもの中で、独りの君は目立つ」


「…それだけ?」


案外安直な答えにあたしは拍子抜けした。

気にかけてもらえたのか、とか柄にも無く期待してしまったから。


「それだけって、他に………あぁ」


言いかけて、彼は思い出したようにニヤリと笑んだ。


「僕はそう簡単に他人を喜ばせる言葉、吐かないよ」


くっく、と可笑しそうに喉を鳴らして笑う。


急に恥ずかしくなって、あたしは視線すらそこからそらした。


彼の存在をとらえるものは、彼の気配を感じるものは、あたしの背だけ。


どうして居心地が良いとすら思ってしまったんだろう。


独りで、勝手に。



「でも面倒なんだよね。いくら目立つ君でも、さすがに探すのは疲れる」


声だけが後ろから襲ってくる。


わけが分からない。

何であたしを探す必要があるの。

ただ目立つから、偶然に視界に入るだけじゃないの?


「だからさ、君、僕の目の届くところにいてよ」


是しか許さない声、むしろあたしの意見など聞いていないような声。

…あたしの答えが分かりきっているような、口調。


呆然と立ち尽くす、あたしの思考は止まったまま。


「分かったの?分からないの?どっち」


少しいらだったような声。


「…分かった」


ゆっくり振り返りつつ、あたしはそう呟いていた。




「ちゃんと傍にいなきゃ、許さないよ。見えなくなったりしたら、探し出して殺すから」




そう言った彼の顔が少し穏やかに見えた。


「何、それ」


呆然と続けるが、何だか可笑しくてあたしは頬を緩める。


「行くよ…ボサっとしないでよ、


ばさっと彼が羽織った学ランが翻る。


しかしのその目に、あたしが映っていたのを確かに感じた。






「ねぇ、どうして機嫌悪かったの?」

あたしはヒバリさんの隣を歩きつつ訊いた。

「…お茶が」

「は?」

「お茶が飲みたかったんだけど、冷たいの」

「…?」

あたしは先の読めない答えに首を捻る。

「あの自販機、売り切れだったんだよね」

至極不機嫌そうに呟いた言葉は、至極下らなかった。

「………」

「まったく、馬鹿にしてるよね。売り切れならすぐに補充しときなよって話じゃない?」

「…っふ」

あたしはこらえ切れなくて、噴き出した。

「何笑ってんの」

「…だ、って、ヒバリさん、おっかし…」

まさかあの彼からそんな言葉が出るとは思わなかった。

きっと誰だって思わない。

「煩いよ」

「ヒバリさん、あたしお茶持ってるよ」

「出して」

素っ気無い言葉に、あたしはまた笑う。

出したお茶のペットボトルを受け取ると彼は歩みを止めてキャップを捻った。

「知ってるよ、君がいつもお茶持ち歩いている事。さっきだって君が飲んでいたからほしくなったんじゃないか」

ため息とともにお茶を飲む。

あのとき、あの場所に、彼が近くにいたのは偶然なんかじゃなく。


「ヒバリさんって…「恭弥」…は?」


「知らないわけじゃないでしょ、僕の名前」

「…そりゃぁ…」

「君だけに許可するから、そう呼んで」


いつも命令的。

いつも猟奇的。

いつも感情的。


やはり彼の隣は悪くない。



「恭弥」

「うん、もう黙って。ついてくれば良いから」



空のペットボトルをぐしゃっと潰すと、彼は歩き出す。









「おいで