満月、狂気が好む、夜のにおい。






「今日久々に一番隊が出番らしいぜ」
「ふぅん」

短く返すに同三番隊士は言葉を続けた。

「何でも沖田隊長が直々に申し出たとか」

珍しいこともあるんですね、と軽口を叩く。
それを意識半分に聞きながら、はその一番隊長沖田総悟同様の栗色の髪を結い上げた。
(どういうつもりなんだか)
好きだと付き合って半年、体を重ねて3ヶ月、そして、顔を合わせなくなって1ヶ月。
ここ1ヶ月、ろくにデートもしずに廊下で会っても挨拶程度。
そっけなくなった彼に、はイライラを募らせていた。
今夜は満月。
暗殺には不相応で、大義名分の下に粛清を行うにはもってこいの夜。
今夜も“平和”の名の下に、屍を敷き詰めるつもりでいる。


「一番隊と三番隊、表から」


副長である土方の低い声がそう命じた。
最近めっきり顔を合わすことのなくなった、総悟の後姿。
月夜目にははっきりとは分からないが、幾分か痩せた感じを認める。
顔色は―…もっとよく分からないが、相変わらず白いように思えた。
体調でもよくないのだろうか?
そこまで考えてはゆるりと瞼を伏せた。
(余計なことを考えるな、)

死ぬぞ。

そう小さく決意すると、再び瞼を開けた。










「あああああ」
「ぎゃあああ」












遠くで、遠くで、断末魔の叫びがこだます。
それが遠くに感じるのは、の心臓がドクリドクリと、大きな音を立てているからだ。
緊張。

「…、」

愛してやまない彼が、目の前にいる、
久しぶりの邂逅、なのにこの張り詰めた空気は。

「今から俺ァ、アンタを殺しやす」

その宣言は決意にも似た、必ず実行するという誓い。
すでに敵の血に塗れた刀をもたげる。
赤茶の眸が、狂気に光った。

「何でッ…!」
「…言ったよな、」

返り血を浴びて赤黒く汚れた隊服。
同様に汚れた自分。
は自分の刀を握り締める。
何で今夜、彼は銃火器でなく、刀なのだろう、

「アンタのすべては俺のもんだって」

それは遠い、遠い、昔の話のようだ。
体を合わせてお互いの荒い息遣いの中、呟いた独占欲の言葉。

「心も、体も、手に入れやした」

総悟が一歩、へ近づく。
整った顔と、恐ろしいまでにバランスの良い体躯、それを狂気で塗り固めて、
彼はまた一歩、近づいてくる。
完璧なまでの、鬼の姿。

「あとは命だけなんでさ」

ゆらりともたげた刀で月光を反射させる。

「…何で今なのよ、私たちもっと、してないこととかあるでしょ!」

やりたいことも、やらなきゃならないことも、いっぱいいっぱいあるでしょ!?
何で今なの、今しか駄目なの?

「確かに私のすべては総悟にあげるけど!」
「…もう時間が無いんでさ、」

だんっと床を蹴って、総悟がへと接近する。
次の瞬間降り注いだ血の雨。
斬られたのは邪魔者。

「…さァ、俺にくだせェ、

その雨を浴びながら、美しいまでに綺麗に笑う。
戦慄。
(怖い…!)
初めて彼の本気の殺気に触れる。
体が縮み上がって動かない。
崩れ落ちる攘夷浪士がスローモーションになって見える。
そんなものはすでに意識の外で、の五感、六感、そのすべてが総悟に集中していた。
(殺される、)
総悟は本気だ。




「俺の時間がなくなる前に、」




ぎらりと総悟の目が動く。
同じくして、刀が振り下ろされた。





「…、」


「……そ、ご…」





彼女の大好きな、愛してやまない彼の声が降ってくる。
代わりに遠のく意識。
どさりと体が重力に負ける。



「愛してまさァ、アンタのこと」



降り注ぐ言葉。
ぼんやりと開ける目と口、零れ落ちる涙と血。
(死ぬ、…総悟、)
死にたくない、まだ、総悟と、一緒に、


「…先に行ってちゃんと“待て”してなせェ」


げほっ、ごほっと激しく咳き込む音、血に塗れた総悟の顔が切なげに歪んだ。
(何で、そんな顔、すんの…)




「愛してやしたか?俺の事」




総悟の言葉が届くころには、の体はぴくりとも動かなかった。
にやり、と紅に染められた唇が弓張り月に笑う。
(血を吐く頃には、半月も持たない)
咳き込むたびに飛び出る血が、総悟を汚していく。
誰かに奪われる前に、自分が奪える内に、すべてを手にしていたかった。
言い様のない思いがこみ上げて、どうしようもなく笑えた。


「…すぐ、いきまさ」


呟くと、吐き出された血で濡れたの唇に同じように己の血で汚れたそれを合わせた。



















「愛してやしたか?俺のこと」

その愚問に答えは無い。












*****
血を交えて誓いのキスを。
命を結びやしょう。
愛をこめて、企画サイト様へ提出。(ちょう提出遅れすいません!)



A prince of S / sicktitle11







蒼天。/泉。