「、お帰りなせェ」 白い羽織に緑の袴、寝巻きとは違う普段着を着て、総悟は縁側に座っていた。 屯所を出て、隊服を脱いで、刀を仕舞い込んで、一ヶ月が過ぎようとしていた。 その一ヶ月の間で変わったことがたくさんある。 ありすぎて、にはゆるりと感慨にふける暇も無い。 ただ、一番はっきり言えることは、病に臥してから、総悟は別人のように優しく穏やかになった。 その彼の栗色の髪が風にさらさらと靡いた。 季節は初夏、皐月も終わりに近づいた頃。 「何してたの?」 「…猫が迷い込んできたみてェでさ」 総悟が見やる先、黒い猫がじっとこちらを見ていた。 漆黒、闇のような瞳に吸い込まれそうになる。 「昔は覇気だけで追っ払えたモンですぜ」 「ただ単に猫に嫌われてただけでしょ」 「何言ってんですかィ、俺ァ動物には目をかけてやってやした」 「総悟の可愛がり方は痛いんだもん」 「…違いねェ」 くすくすと彼は穏やかに笑って、空を身仰いだ。 空の青さが目にしみた。 「…今日も良い天気でさ」 「しばらく雨降ってないもんね」 ここ最近穏やかな晴天がずっと続いている。 静かな毎日だ、全く。 は静かに総悟の隣に腰を下ろしす。 病が末期の状態に入って、逆に今は落ち着いている。 彼の罹った病は悪い時と良い時の差が激しく、おそらく、次に悪い波が来たときは、 「…そいや、今日土方さんが来やした」 「へぇ?また珍しいね?」 「折角の良い天気な気分が台無しでしたぜ」 くすくすと総悟は笑って、「全く、疫病神も良いところでさ」と付け足した。 二人で住むようになった、街から一歩路地に入った小さなあばら屋。 隠れるように身を寄せているのだ。 昼間は学校へ行き、総悟は家で過ごす。 「、」 「何?」 「…いや、何でもねェ」 「何、言ってよ」 「言いてェこと忘れちまいやした」 「脳まで駄目になっちゃったか、総悟」 「脳のほうは昔からこんなんでさ」 その夜総悟は、珍しくを抱き締めて寝た。 着物から覗く細く白い腕は頼りなく、意味もなく切なさを誘った。 彼の腕の中で、泣きそうになる自分を必死に押さえ、は目を閉じる。 ただ彼の温もりが、心地よかった。 最期のその時まで抱き締めてやろうと思った、愛しい愛しい、この男を。 「…ねぇ、総悟…愛してる」 「総悟は私のこと、愛してる…?」呟きはそこまで続かず喉元で消えた。 ぎゅっと目を瞑る、すぐに眠りに就けるだろう。 彼の温もりはこんなにも心地良いのだから。 「今日は屯所に寄ってきてくだせェ」 総悟が朝食の折にそう口にした。 「何で?」と彼女が首を傾げると、土方さんが用あるらしいんでさ、と返した。 今日はバイトもあるし遅くなるのに、とむくれる彼女を宥めて、送り出した。 その日は良く晴れた、皐月の終わりを告げる日だった。 「愛してるって返してやりゃ良かったですかねェ」 呟くような声が夕闇に溶けた。 刀を抱えるように縁側で座る。 毒気を抜かれた彼の目がすっと細まって、庭先の黒猫を射た。 (やっぱ逃げねェ) 弱ったもんなんだな、と頭の隅で思った。 もう一度目を細める。そう、今度は楽しげに。 「…全く、何人で来るんですかィ…」 呆れたように、楽しそうに、笑う。 地を這うような足音がする。 囲まれている、この小さな、だけど大切な総悟の居場所。 大切なものなんて、この場所一つだったのに。 (それをも荒らしてェって事ですかィ) 好戦的な笑みだけが、彼に舞い戻ってきた。 切っ先は鈍ってなどいない、殺気も何もかも、命を燃やすように滾る。 そうしてまた、紅に染まる。 (観客は二つの金目、さァ、最期の大一番と行きますかィ!)
「………………泣くな、」 ------------------------------------------------ 芯はそのままだが、俺をこんなにしたのはアンタ、 そして、アンタを芯まであんなにしたのは、俺。 総悟結核夢企画サイトへ提出ボツ作品。ボツボーツ! |