「入らねー方がいいぜ、ちゃん」

部屋の前で立ち尽くしていると佐之に呼び止められる。

「…え?」
「新八の野郎…ちょっと荒れてっから」

バツが悪そうに彼は頭を掻いた。

「時々あるんだよ、あいつも不器用な奴だから、」

(不器用?新八が?)そんな風に思ったことはなかった。
はただ佐之の顔を凝視する。

「俺じゃ手に負えねーっつーか、…怪我するっつーか、
 …ま、明日になりゃ元のあいつになる、だから今はやめときな」

ひらひらと手を振って、佐之は廊下の向こうへ消えた。
その様子を見送って、部屋の前に佇む。
かすかに、部屋の中から血の匂いがする。
(新八、)
この部屋から血の匂いがするのは稀だ。
優しく、穏やかで、馬鹿なことばっかり言ってるあの人の部屋から、血の匂い。
付き合ってから一度も、嗅いだことのない濃さだ。

“止めときな、”

佐之の言葉が蘇る。
(あの人はいつだって自分だけで何とかしようとする)
を傷つけるようなことは何ひとつだってしないし、
だけど、
同じように、
自分の背負ってるものや抱えてるものを、に与えようとはしない。
新八はを幸せにしてくれている。
新八は、幸せだろうか?
ごくりと唾を飲み込む。
襖に手を掛け、そろりと開けた。

「…ッ………新八…?」

薄暗い部屋の中、散らばった書物と、脱ぎ捨てられた血塗れの羽織
呼ぶ、きょろりと部屋の中を見回す。

「…しんぱち、」

一気に不安になる。
部屋にたちこめる血の匂い。

「…し、」

一歩、踏み出す。
闇が薄れ、部屋の隅、刀を抱えるようにして座っている彼を見つけた。
顔は俯いていて、表情は見えない。

「新八」

彼がかもし出したことのない、雰囲気が漂う。
また一歩、と近づく。
瞬間に、の体はそれ以上進むことを止めた。
進めなかった、のだ。

「ッ」

一瞬の出来事、瞬間の内に抜き出された刀がの喉元に、確かに当てられていた。
ぎらりと彼の目が、光るのが線になって見えた。
(残像、)
それすらも捉えられず、彼の狂気に触れて、体が震えた。
退くことも、進むこともできず、冷や汗が頬を伝う。
小柄で可愛らしい容貌の彼が放つ殺気や狂気に、全身が怯んだ。

「し…」
「…佐之に言われなかったノ?」

冷ややかな声、喧嘩をしたときだってこのような低く冷たい声は聞いた事がない。
背筋が凍る、筋の一つも動かせない。
新八はその刃を、の肌に滑らせる。
薄皮一枚だけを切り裂く、力加減。
つ、と首筋に血が流れる。

「…しんぱ…ち、」
「出てってくれるよね?」

もうそれは命令でしかない。
彼の目が、尋常じゃないぐらいに研ぎ澄まされて、その視線ですら凶器のように感じられる。
だけどここで背を向けてしまっては、一生、向き合えない気がした。

「…新八、外出よ?こんなところにいたら息詰まっちゃうよ」
「……こんな所って何?」
「…こんな、風通しの悪いところ、ほら、」

手を差し伸べる。
昔は躊躇いがちにも握ってくれたのに。
もうその手は空を握るばかり。

「…新八、お願い、一緒に行こ?」
「何で?」
「…独りで抱えてちゃ重いでしょ、少しでも、わたしに、」
「無理だヨ」
「分かち合いたいの!」
「…無茶を言う、」

小声で言われて、溜息もつかれた。
完璧な、拒絶だった。

「触れてよ、新八」

手を突き出す。
新八は何も応えない。
刀を突きつけたまま、その距離を縮めようとはしない。

「それ以上近づくな、」

(新八、)泣きそうになるのを必死に堪えた。
何で彼は、

「………こんな手で、君に、触れれるはずがない」

こんなにも危ういのに、
また、戻ってしまった。
(昔に、)
触れることを止めてしまった、彼に、戻ってしまった。
普段の彼からは想像もつかぬほどに、心の中は複雑だった。
刀を握るその手は、もう奪うしか力がないように。
血に濡れたその手で、彼は、他人に触れようとはしない。
(何で、)
必死で縮めてきた距離が、また、遠くなってしまった。
(そんなの、嫌)
自分に向けられた殺気、立ち向かう勇気が欲しい。
本気で殺されると思う、だけども彼は自分を殺さない。
矛盾した思いが、一歩、足を進めた。

、」

一瞬戸惑うように呼ばれる、その緩んだ隙に、は新八を抱き締めた。

「独りで、全部、背負おうとしないでよ、」

ぎゅうっと抱き締めると、思わず涙が零れた。
冷え切って、冷たい、新八の体。





「…もう、離さないからネ」

突然の新八の言葉に面食らう

「君が悪いんだ、俺は出てけって言ったのに…」

瞬間に押し倒される、畳の感触が背中に伝わった。

「し、んぱ、ちっ!」

制止の声なんて新八の耳には入っていない。
入っていても無視されている。
意地悪い笑みを浮かべて、を見下ろす。

「……こうなると、もう自分を抑えられなくなるから、」

言うと、彼は荒々しくの着物を剥ぎ取った。
露になる白い肌に、新八は紅の華を咲かせていく。
首筋に伝った血の跡を舐める。
いつもは優しい新八の愛撫が、今は違う、刺激的で、乱暴なそれに変わっていた。
(こわい、)

「あっ、ひ…ぁ!ん、はぁっ」

確実にの感じる部分に触れて、快楽を与えていく。
痛くも、不快でもない、ただ刺激が強すぎて、はビクンっと体を揺らした。
いつもの長く、丁寧で、優しい彼のそれとは違い、絶頂まで近道をしているかのよう。

「…どうも、昂りが抑えられなくて、」

こういう日は、と新八は楽しげに笑う。

血に汚れた手で、触れる事を躊躇っていた。
その手でを抱いて、彼女を汚すことを恐れていた。
だけど、人を斬って血を浴びた日は、冷静さと同時に大きな興奮も得る。
何でもいい、奪って壊して、その昂揚を抑えてきた。
そうやってきたんだ。

「君が悪いんだ」
「新八…?」

君が言うことを聞いてくれてたら、こんな、
(酷いことはしなかった?)は新八の言葉を予測する。
酷いことなんかじゃない、悦んでいるのはの体、
(苦しんでるのは、)
新八のほうだ。


「やっぱりこの手は奪うことしかできないみたい」
「…そ、んなこと、ない」
「…君を壊して奪ってしまいたいと、疼いて仕方が無いんだヨ」


の淫らに揺れる肢体を見て、彼は口の端を吊り上げた。

「…いつもより感じてるんじゃない?淫乱だねぇ、、…はしたない」

そうなじられて、は頬を上気させた。
(な、)
こんなこと、いつもの彼なら絶対言わない。
はしたない、淫乱、そう言われてももう体のナカの疼きを止める術なぞ、にはない。
愛液で濡れたそこに触れてほしくて、
触れなくても溢れ出るそれが尻まで伝うのが恥ずかしくて、
もう、
何が、
何なのか、


、どうしたノ?さっきみたいに言いなヨ」


耳朶を甘噛みされ、吐息混じりに囁かれる。
それだけでもの体は面白いように反応した。

「っ、しんぱちぃ…も、…じらさないで、…めちゃくちゃにしてぇっ!」





















この手は君の息を奪うためにある、


(下のお口を奪ってイカせてやる)











***
大反省。
伝えたいことが何一つ伝わらない!
ジレンマ!