「たーいちょ」

いつもの猫なで声で松本が冬獅郎の机に頬杖をついた。
当然のごとく書類でいっぱいの机の隙間から顔をのぞかせる。

「…何だ、松本」

松本がこういう声を出すときは決まって下らないことを言う。
冬獅郎はまだまだ短くも長い付き合いの中でそれを悟っていた。

「明日ですね、バ レ ン タ イ ン 」

語尾にハートマークを散らして松本がニヤニヤしている。
(あぁ、)
今年もあの厄日がやってくるのか、と冬獅郎はため息をついた。

「どーしちゃったんですか?ため息なんかついて!いやだわ、年寄りくさい!」
「…松本…」

いらいらと筆を握り締めるが、松本には無効力だということもまた、冬獅郎には分かっている。
バレンタイン、その現世の祭りの一種である行事がこの尸魂界へ根付いてどれぐらい経つだろうか?
少なくとも十年は経っている。
誰から言い始めたのだろうか、

「全く迷惑な話だな」

冬獅郎は書類をあきらめて松本の話を聞くことにする。
ぎしりと椅子に持たれておいてあったお茶を飲んだ。
冬獅郎が「厄日だ」というのは全くもってそのとおりだと松本は思っているのだろう。

「まぁあたしには面白いからいいんですけどね」

にこやかに松本は言ってのける。
それもそのはず、冬獅郎に直接手渡す者も少なくはないが、
自室や執務室に大量に置かれているチョコには毎年頭を抱えているのだ。
直接渡す者はまだいい、冬獅郎は丁寧に一人ずつ断っていた。
だが、勝手に置かれている物はもうどうしようもない。
毎年毎年数が増えるからさらに困りもの。
こういう行事を煽るのが上手いのが松本だ、だんだんとバレンタインの被害は拡大している。

「今年も隊長宛てのチョコ、いっぱいくるんでしょうね♪」
「うるせぇぞ、大体なぁ…」

ことりと湯のみを置いて頬杖をつく。

「バレンタインなんてガキの行事なんだよ、男に菓子やって何が楽しいんだ?」
「やだっ隊長最低!」
「チョコなんて甘いモンは女とガキの食べ物だろ、俺には必要ねーな」


ばさり!


「え、?」

書類が散らばる音がして戸口のほうを見ると、三番隊の第五席であるが立ち尽くしていた。

「そうだったんですか…!!!」

落ちた書類に目もくれず、ばっと口元を押さえるに目を白黒させる十番隊隊長と副隊長。
あまりに悲壮な様子に、呆気にとられているのだ。
それは当然、大して聞かれてまずいことなど何も言ってない。

「…え、ちょ、?」
「日番谷隊長そんな風に思ってたんですね…!」
「ちょ、待てって、何言ってんだ、」

待て待て、と暴走しそうになるこの女の思考回路を停止させようとするも、

「ひどい!わたし一生懸命愛を込めて作ってたのに…!!」
「落ち着け!!」
「…わたしの愛なんて要らなかったのねー!!!???」

そう言い残すと瞬歩で消え去っていった。
ばさばさばさ〜っと書類が散らばる。
呆然とが消えた場所を眺める二人。

「…隊長」
「…何だ松本」
「………地雷踏んだんじゃないですか」
「………」

思い込みの激しい女だ、一人で勘違いをして思考が暴走することがよくある。
冬獅郎とは同期にあたるが、彼がそうであるように彼女もまた異例の出世を遂げた天才だったのである。
しかもあの三番隊に属する彼女の変わり者度は群を抜いていた。

「…隊長」
「…何だ」
「……バレンタインはね、物を送るのが本意じゃなくて、愛を送るのが本意なんですよ」

そんなことは知っている、だから直接受け取るのはのチョコだけにしているのだ。
どれだけを大切に、大切に、しているか。
(ったく、あーもう!)
がしがしを頭を掻いて立ち上がる。


「…行ってくる」


はぁ、と小さなため息をひとつ。
松本は手をひらひらと振って「いってらっしゃい」と笑った。















後編。
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後編に続く。