【鋼の錬金術師】  37   〜その夜〜






「あ――――……‥」


口の端からこぼれるのはこの文字だけだ。

あたしは騒がしい公園のベンチに腰掛けて空を仰いだ。

こんな時は静かなところより、思考を邪魔するぐらい騒がしいほうが良いことを知ってる。


夕刻になり、空は紅く染まりつつある。


もう何時間ここにいたろう。

自分の前を通り過ぎる人間が、何人いただろう。

脳は眠りを欲さない、体は全ての欲を拒否していた。

ただ、座って空を見上げて声を漏らして。


紅かった空は、いつのまにか黒に変わった。


「あ――――……‥」

また声を上げる。

しかし先刻前と同じ行動のはずのソレだが、視界だけは違ってた。


空の黒と同化する、漆黒の髪に漆黒の服。





「お久しぶりね、影のお嬢さん」





その異様な光景に脳が反応するまで、何秒か掛かった。


「…ッッッなァ!?」


ガバっと体勢を起こし立ち上がり、振り返る。

確認する、その姿を。


「…ラスト」


無意識に、知識だけの脳が口に送った信号はソレだった。


「こんばんわ、何をしてるのかしら?」


「あなたこそ」

「あたしは仕事よ」

肩をすくめ、ラストはそう言った。



今のあたしはラスト姐さんのナイスバディーにウハウハする気分じゃない。



どんな時も萌えを忘れないのが腐女子の鉄則であるが、今はなれない。


「あなたは」

「あたしは別に、ボーっとしてただけです」

「感心しないわね、また傷の男が現れたらどうするの?襲われてしまうわよ?」

「襲われませんよ、あなた達にコテンパンにされて重症でしょうから」

しれっとあたしは言ってのけた。

「あら、余計な事をいくつも知っているのね」

「えぇ、まぁ…殺しますか?今、ここで、あたしを」

酷く投げやりにあたしは言い放った。

それでラスト姐さんは初めて表情を変えた。

眉を寄せ、コツっとヒールを慣らしあたしに一歩近づいた。


「殺して欲しいって、顔ね」


「分かります?」

「今までに見た事の無い顔だから、もしかしたら、と思っただけ」

あたしが対峙してきた奴の顔は皆、必死に命乞いをしていたから。とラスト姐さんは続けた。

「殺さないわよ?…正しくは、殺してなんかあげない、生きてもらわなきゃ困る、だけど」

「人柱、だからですか?」

「…本当に、あなたはどこまで知っているのかしら」

いくらか驚いたらしい、ラスト姐さんは溜息を漏らした。

「それでも殺してくれないんですか?」

「…答えは是、よ。あなたは知っていても邪魔する気、無さそうだから」


じゃぁ邪魔したら、殺してくれるんですか。


その問いは口から出ない。

言っても、きっと否と答えられる。

恐らくそれは、あたしがまだ“死を恐れている”からだろう。

こんなに死んでしまいたいと思うのに、恐怖が邪魔をする。


「あなたは扉を開けたのよね」


突如として降りかかった問い。

「…」

沈黙は是。


「そう…人柱確定ね。やっぱり、あなたには生きていてもらわなければ困る」


ラスト姐さんはそう言うと踵を返し、闇へと紛れた。



沈黙と闇。


扉の先で、見たものはこれからの未来。



一度目は真理を。

二度目は未来を。




流れ込んできたのは、5巻以降の『鋼の錬金術師』の内容。


「ちくしょう…」


何だってんだ。



どうやら下らない“神”というモノは、あたしを苦しめたいらしい。




一体あたしが何をしたと言うの。





誰か、この暗闇を何とかして。


あたしは頭を抱えて蹲った。




その時。





ズドン!!!






そう遠くは無い場所で崩壊音。





建物が一つ、地図から消えた。





「エド…アル…」






まったく、どうしてこう物事がとんとん拍子に進むのかしらね。



あたしはぼんやりと崩壊した建物の方を見扇ぎ、溜息とともに足を踏み出した。







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シリアス続行。み、短い!!

次こそ原作沿いです。