「ぐぁっ」 カエルの潰れたような声が響いて、それは終わった。 一点の乱れもなく、雲雀恭弥は学ランを翻した。 倒れているものには一瞥もくれないし、そのものも何も反応しない。 彼はただトンファーを一振りしてその汚れを取り去った。 その様子を遠くから眺めている女子が一人。 (村田くん、ごめん) 倒れている男子、つまり雲雀恭弥にボコボコにされた人物に手を合わせる。 さっき昼休みに自分としゃべっていたからだ、とはため息をついた。 雲雀恭弥と出会ってからというもの、確実にの交友関係は狭くなっていった。 ため息をついて再び視線を戻すと、何と雲雀さんがのほうをじっと見ているではありませんか! 「…え……何見てんの?咬み殺すよ…って怖ッ!」 雲雀さんがゆっくり口を動かしてそうしゃべっているのを読み取った。読唇術。 (わたしってつくづく凄いな!) はその言葉に反論しようとしたが、すでに雲雀さんはに背を向けて歩き出していた。 「…つれないなぁ」 くすくすと笑う、その後ろの教室では明日のバレンタインについて女子が会議を開いていた。 山本くんにあげるとか、獄寺くんにあげるとか、好き勝手話している。 (雲雀さん、今年もいっぱいもらうんだろうなぁ…匿名チョコ) のリサーチによれば、 雲雀さんの獲得チョコ数は年々増加傾向にあり、しかもそれが匿名によるものであることが分かった。 恐らく食べてもらえればいい、咬み殺されたくはないから、という女子のささやかな恋心なのだろう。 だがしかし、今年のはそうはいかない。 「…いつまでそっち見てんのさ」 考え事をするといつも周りが見えなくなる。 後ろを振り返ると雲雀さんがずずんと立っていた。 教室にいた人の一人も言葉を発しなかった。雲雀さん以外は。 「雲雀さん!どうも!」 「どうも、じゃないよ。何人のことじろじろ見てるわけ?ストーカー?」 「そうとも言うね」 「あまりふざけたことを言ってると咬み殺すよ」 そう言って学ランを翻して歩き出す。 真っ黒なそれに赤の裏地がとても映える。 「…何してんの、早く行くよ」 すたすた先を行く雲雀さんの後ろを必死で追いかける。 行く場所はまぁ、応接室だろうとあらかた予想はついたが、後ろから離れるとまた後が怖い。 だが、あまりに雲雀さんがすたすた行くものだから付いて行けなくて小走りになる。 「…まったく、何で君はそうなわけ?」 呆れた顔をして、雲雀さんは立ち止まってが来るのを待つ。 そして徐に手を握って、を引きずるように歩き出す。 (優しいんだか、) 強引なんだか、とはほくそ笑む。 「あ、ねぇねぇ雲雀さん!」 返事が返ってこないが、は構わず話を続ける。 「雲雀さんってどんなチョコが好きですか?」 「ミルク?ビター?それともホワイトですか、ストロベリー?」 「どんな形がいいですかね、やっぱりハート?」 「ラッピングは何色が良いかなぁ、赤が一番?」 「…いかなる日でも群れたら咬み殺すだけ」 応接室のドアに手をかけ、雲雀さんはあの上がり気味の目をすっと細めた。 (え、もしかしてバレンタインとかで浮かれてたら咬み殺されちゃう?) 嫌われちゃうか、もしかして。 まじでか。 はあごに手を置き、う〜んと唸る。 雲雀さんはそんなを尻目に応接室へと消えた。 「あ、待ってくださいよ、雲雀さん!」 がちゃりと開ける、するとトンファーが飛んできた。 「っ危ない!」 「よく避けたね」 さらりと雲雀さんは正面の委員長の席に座ったまま笑っていた。 「って言うか何で今殴られそうになったんですか、わたし?!」 「部屋に入るときはノックしなさいって教わらなかったわけ?」 「たかだかそんな事!?」 主に続いて部屋に入ろうとしただけじゃないか。 危なく直撃しそうだったトンファーを横目で見て、はソファに腰掛ける。 (…バレンタイン、要らないかなぁ、やっぱり) 後編*翌日。 **** 後編に続く。 |